「ブラック産業医」の由来|産業医の職場復帰不可意見が労働紛争の争点に!
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「ブラック産業医」の由来|産業医の職場復帰不可意見が労働紛争の争点に!

2016年07月26日(火)9:40 PM

労働者には基本的人権を元にした保護法益が労働三法にて規定されています。法的保護の対象者であ労働者の人権や法益を侵害する企業のことを「ブラック企業」というとしたら、事業者の代わりにその労働者に対する安全配慮という事業者責任を、その行為代理者である産業医は代わりに提供する責務を負いながらも、その責務を果たさない(期待権を侵害する)産業医は「ブラック産業医」として呼ばれてもおかしくはありません。実際に労働者に対する安全配慮を怠ったことが論点となった訴訟が2016年に発生しました。

【事件概要】
川崎市に支店がある、ある国際的な物流企業が舞台でした。「躁うつ病」と呼ばれる、双極性障碍で休職した男性(2016年当時45才)が2016年7月20、主治医から復職可能と診断されたのに、当該 産業医が復帰を認めなかったことが原因で、その物流企業から退職を余儀なくされたとことを不当、権利侵害だとして、その企業に対しては社員としての地位の確認と継続の訴えを。産業医に対しては300万円もの損害賠償請求訴訟を横浜地裁川崎支部に起こしました。


訴状によると、川崎市内の事業所に勤務していた男性は2003年、長時間労働により「うつ病」と呼ばれる抑うつ性障碍を発症。休職と復職を繰り返し、直近では2014年1月から再 休職していました。
主治医は、症状が安定したことから、2015年8月に「復職可能」との診断を下しています。しかしながらその産業医は復職を認めませんでした。
それを受け2016年1月、その企業は社内規定に基づき休職期間 満了による退職扱いとしました。

原告は「産業医の意見は主観的で、医学的根拠がない。復職できないとの結論ありきだ」と主張していました。

休職中の社員と、リモートやオンライン、クラウド産業医といった二次元面談ではなく、実際に会っての三次元面談や、回数を重ねることでの時間を援用しての四次元面談を通じて社員の回復状況を把握するといった丁寧な支援が産業医には求められていると理解したいものです。

 

参考サイト:【弁護士コラム】岡芹健夫弁護士 「日本通運(休職命令・退職)事件~うつ病休職が満了、主治医は復職認めたが会社拒否 治ゆせず退職扱い 産業医の意見尊重~」

参考サイト:日本通運(休職命令・退職)事件(東京地判平23・2・25) うつ病休職が満了、主治医は復職認めたが会社拒否 診断書の信用性に疑問残る.労働新聞2011.11.21

 

【復職の可能性や妥当性を扱った判決例】

2017年(平成29年)に民法は改正され、同541条において当事者双方の帰責事由によらずに履行不能となった場合、債権者は契約を解除することができることになりました。つまりは復職を希望する休職者が、復帰しえなかった場合、契約は解除しやすくなっています。

ともあれその流れの前に、保護法益の観点から、どのような裁判が行われてきたのか確認してみます。

出典:東京丸の内法律事務所.民法改正と契約書~第3回 危険負担~

 

[1]軽減勤務への復帰検討義務

傷病休職期間の満了時において、元々就労していた業務に復帰できる状態にまで体調は回復していないものの、より軽易な業務には就労可能で、かつその軽減勤務への復帰を希望する労働者に対して使用者は、実際に、そういった軽減勤務への配属や就労が可能なのか検討する義務があります(JR東海事件―大阪地判平 11・10・4 労判 771 号 25 頁)。

<解雇無効例>

軽減業務を提供せずに、退職扱いや解雇を行った場合には、それらを就業規則上の要件不該当ないし解雇権濫用として無効とされます(キヤノンソフト情報システム事件―大阪地判平 20・1・25 労判 960 号 49 頁)。


[2]軽減勤務提供の上限は休職期限

傷病休職期間の満了時において、軽減勤務から元からの通常の業務に復帰できない場合には、休職期間明けの解雇は容認され得ます(独立行政法人N事件―東京地判平 16・3・26 労判 876 号 56 頁)。

[3]ジョブ型雇用の場合

ジョブ型雇用といわれる、職務限定型雇用の形態を採る労働者においては、直ちに従前業務に復帰できないような、具体的には休職期間満了時の回復が当該労働者の本来業務に就く程度には回復していなくても、比較的短期間で復帰することが可能である場合には、短期間であっても復帰準備期間可能な限り軽減業務を宛がったり、キャリア変更に向けての教育的措置をとることなどが信義則上求められているとして、このような支援措置をとることなくされた解雇は無効とされます(全日本空輸事件―大阪高判平 13・3・14労判 809 号 61 頁)。

[4]労働者に対するリワーク受療義務

会社側が「治癒」しているか否か認定する際に、「リワーク」機関を使うよう、労働者に指示する場合があります。その指示も当該労働者は協力する義務があります(大建工業事件―大阪地判平 15・4・16 労判 849 号 35 頁)。

実際、厚生労働省は、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成 16 年 10 月策定、平成 21 年 3 月改訂)にて以下とのガイダンスを公表しています。

休業中の労働者から職場復帰の意思が伝えられた場合、「事業者は労働者に対して主治医による職場復帰可能の判断が記された診断書(復職診断書)を提出するよう伝える。」としているが、「主治医による診断書の内容は、病状の回復程度によって職場復帰の可能性を判断していることが多くそれはただちにその職場で求められる業務遂行能力まで回復しているか否かの判断とは限らないことにも留意すべきである。また、労働者や家族の希望が含まれている場合もある。そのため、主治医の判断と職場で必要とされる業務遂行能力の内容等について、産業医等が精査した上で採るべき対応について判断し、意見を述べることが重要となる。」としているからです。

職場復帰の可否については、「労働者及び関係者から必要な情報を適切に収集し、様々な視点から評価を行いながら総合的に判断することが大切である。」、この「情報の収集と評価の結果をもとに、復帰後に求められる業務が可能かどうかについて、主治医の判断やこれに対する産業医等の医学的な考え方も考慮して判断を行う。」としている。

最終的な職場復帰の決定に当たり、産業医等が選任されている事業場においては、
「産業医等が職場復帰に関する意見及び就業上の配慮等についてとりまとめた「職場復帰に関する意見書」等をもとに関係者間で内容を確認しながら手続きを進めていくことが望ましい。」としています。


出典:厚生労働省. 改訂・心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き


その他職場復帰支援に関して検討・留意すべき事項として、主治医との連携の仕方のほか、職場復帰可否の判断基準の例として、
「労働者が職場復帰に対して十分な意欲を示し、通勤時間帯に一人で安全に通勤ができること、会社が設定している勤務日に勤務時間の就労が継続して可能であること、業務に必要な作業(読書、コンピュータ作業、軽度の運動等)をこなすことができること、作業等による疲労が翌日までに十分回復していること等の他、適切な睡眠覚醒リズムが整っていること、昼間の眠気がないこと、業務遂行に必要な注意力・集中力が回復していること等」が挙げられています。

メンタル産業医とは、服薬に依存することなくライフロングでの就労支援を担えるプロフェッショナル産業医のことを指し、かつそれは伝承し得ることだと以下の書籍にて、簡単に実施履行できる方法を公開しています。

参考サイト:櫻澤博文.メンタル不調者のための 復職・セルフケアガイドブック .金剛出版



[5]試し出社制度について

休職期間中の試し出勤制度について「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」では
「より早い段階で職場復帰の試みを開始することができ、早期の復帰に結び付けることが期待できる。また、長期に休業している労働者にとっては、就業に関する不安の緩和に寄与するとともに、労働者自身が実際の職場において自分自身及び職場の状況を確認しながら復帰の準備を行うことができるため、より高い職場復帰率をもたらすことが期待される。」とされています。

従って健康経営に邁進する企業は、社内制度として、正式な職場復帰の決定の前に、休職中の休職者に対して「試し出勤制度」を設けることに関しては、厚生労働省による「手引き」(・・・ガイドライン→指示や指導と解釈可能)からしたら、設けておくこと!だと理解すべきです。

この試し出社制度を労働者に適用させたうえで、それでも復職出来なかった場合、致し方なく復職を会社側が認めなかった場合、その判断は妥当とされます(伊藤忠商事事件―東京地判平 25・1・31労経速 2185 号 3 頁、日本テレビ放送網事件―東京地判平 26・5・13 労経速 2220号 3 頁)

なお、リワーク協会始め、試し出社の支援機関は多数ありますし、そのような指示をする医師を主治医として選ぶよう、休職許可時にはリワークを経るよう社員に通知しておくことも必要と考えます。

参考サイト:日本うつ病リワーク協会

<参考判決例>

 ・キヤノンソフト情報システム事件―大阪地判平 20・1・25 労判 960 号 49 頁)

自律神経失調症及びクッシング症候群を理由に病気休職中であった労働者が、復職を拒否され、休職期間満了により退職として扱われたため、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払いを求めた事件。 裁判所は、休職期間満了の直前に、自律神経失調症の主治医及びクッシング症候群の主治医から、寛解状態にあり、労働者が通常の労務に服することに支障はないとの診断書が提出されていたことから、「遅くとも・・・休職期間満了時には、原告の症状は、被告における就労が可能な程度にまで十分回復していたということができ、原告からは債務の本旨に従った労務の提供があったということができる」として、労働者の請求を認めた。 会社は、「開発部門以外に原告が現実に勤務できる職種はなく、開発部門では高性能・高機能・短納期というニーズに応えなければならないという業務の性質上、残業が非常に多いところ、原告が提出した各診断書は、一般的な就労が可能な程度に病状が回復しているというにすぎず、現実に復帰すべき開発部門で最低限要求される就労が可能な程度にまで回復していることの根拠にはならない」と主張し、これに沿う医師の意見書を提出したが、裁判所は、「上記医師の意見書は、原告を実際に診察することなく、専ら被告からの報告に依拠して作成されたものであるから、にわかに採用できない。そして、他に、原告の健康状態が開発部門で最低限要求される就労に耐えうるまでに回復していないとする証拠はない。」、「被告が開発部門での業務に特殊なものとして主張するところは、主に残業の多さであるが、労働者は当然に残業の業務を負うものではなく、雇用者は雇用契約に基づく安全配慮義務として労働時間についての適切な労務管理が求められるところ、残業に耐えないことをもって債務の本旨に従った労務の提供がないということはできない。」、「雇用契約上、原告に職種や業務内容の特定はなく、復職当初は開発部門で従前のように就労することが困難であれば、しばらくは負担軽減措置をとるなどの配慮をすることも被告の事業規模からして不可能ではないと解される上、被告の主張によればサポート部門は開発部門より残業時間が少なく作業計画を立てやすいとのことであり、サポート部門に原告を配置することも可能であったはずである。」として、会社の主張を退けた。


・独立行政法人N事件―東京地判平 16・3・26 労判 876 号 56 頁

神経症と診断されて休職していた労働者が、休職期間満了により解雇されたため、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払いを求めた事件。 裁判所は、主治医は「現時点で当面業務内容を考慮した上での通常勤務は可能である」との診断書を提出しているものの、その趣旨について「復職するに当たって担当するのが適切な業務は、折衝、判断といった要素がない単純作業であること、業務量は従前の半分程度とすべきであり、その期間の目途は一般的には半年程度であることである」と説明していることから、「(法人の災害補償関係業務部門の)職員には、金融、財務、統計に係る知識、経験を駆使したある程度高度な判断が要求され、かつ、取引先である関係諸団体との折衝等を円滑に行う能力が求められているというべきである。そして、このことは、法人の他の部門における業務においても同様と考えられる。」、「そうすると、・・・原告が、法人の職員が本来通常行うべき職務を遂行し得る状態にあるといえないことは明らかであり、また、法人において十年来新規職員を採用していないことからすると、他の軽微な職務(折衝、判断といった要素がない単純作業)に配転できる具体的可能性も存しないといわざるを得ない。」、「原告の復職に当たって検討すべき従前の職務について、原告が休職前に実際に担当していた職務を基準とするのは相当でなく、法人の職員が本来通常行うべき職務を基準とすべきである。」として労働者の請求を認めなかった。

 ・伊藤忠商事事件―東京地判平 25・1・31 労経速 2185 号 3 頁
総合職として会社に雇用された労働者が、双極性障害に罹患して休職し、トライアル出社の結果、復職を不可として退職とされたため、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払いを求めた事件。 裁判所は、「本件の中心的争点は、原告が、休職期間満了日・・・までに、被告の総合職として、債務の本旨に従った労務提供ができる程度に病状が回復したとの事実の立証を尽くしているといえるか否かということになる。」「(総合職としての)業務遂行には、対人折衝等の複雑な調整等にも堪え得る程度の精神状態が最低限必要とされることが認められる。」とした上で、休職期間中に原告を直接診察・面談した主治医、産業医、嘱託医の診断・意見を比較し、「原告が休職期間満了までに(被告の総合職として、債務の本旨に従った労務提供ができる程度に病状が)回復したという事実の立証は尽くされていないといわざるを得ない。」として、労働者の請求を認めなかった。

 

なお ブラック企業の具体的社名を教えて欲しいとのお問い合わせも来ています。 確かにウェルビーイングをうたっていても、健康経営優良法人の認定を受けていたも、ブラックな企業は存在している現実が確認可能だからです。



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