令和8年熊本地震により被災された皆様、ご家族の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
また、救助、医療、福祉、行政、物流、復旧・復興などの現場で活動されている皆様に、深い敬意を表します。
合同会社パラゴンは、被災直後の救命だけでなく、その後に生じる健康悪化、治療の中断、過労、孤立、メンタルヘルス不調などを防ぐことも、産業保健に課せられた重要な役割だと考えています。
今回は、合同会社パラゴン代表社員・櫻澤博文の母校である産業医科大学の災害産業保健センターと、厚生労働省「こころの耳」が公開している二つの重要な情報をご紹介します。
直接死の後にも、守ることのできる命がある
平成28年熊本地震では、熊本県が公表している死者275人のうち、地震による直接死は50人、いわゆる災害関連死は225人でした。亡くなった方の約8割が、地震発生後の避難生活や健康状態の悪化などに関連して命を落としたことになります。
この事実が示しているのは、地震発生時の倒壊や火災から命を守るだけでは十分ではないということです。
避難生活が始まった後に生じる、
- 持病の悪化や服薬の中断
- 透析、在宅酸素、インスリンなど必要な治療の中断
- 車中泊や長時間の不動による血栓症
- 水分不足、熱中症、感染症
- 睡眠不足、強い不安、孤立
- 復旧作業に従事する人や管理職の過労
といった問題に対し、早く気づき、適切な支援につなぐことで、防げる可能性のある健康悪化や死亡があります。
産業医科大学産業生態科学研究所・災害産業保健センターは、2016年熊本地震の教訓から、災害関連死は発災直後だけではなく、避難生活が長引く中で増えていくこと、そして職場や産業保健職には介入できる余地があることを指摘しています。
産業医科大学からの情報
災害関連死を職域から減らす―2016年熊本地震で「直接死より関連死が多かった」という事実が、産業保健に突きつけるもの
https://dohcuoeh.com/r8kumamoto06
安否確認を「出勤できるか」の確認だけにしない
災害時の企業による安否確認は、ともすれば「無事か」「出勤できるか」という確認だけになりがちです。
しかし、本当に確認しなければならないのは、その方とご家族が、これからも健康と生活を維持できる状態にあるかどうかです。
産業医科大学の情報では、通常の安否確認に加えて、次のような点を確認することが提案されています。
- 本人や家族にけががないか
- 現在、安全な場所にいるか
- 常用薬が手元にあり、あと何日分残っているか
- お薬手帳を持ち出せたか
- 透析、在宅酸素、CPAP、インスリンなど、継続が不可欠な治療がないか
- 現在、最も困っていることは何か
- 今後も連絡可能な手段があるか
特に、薬がない、治療を継続できない、医療機器を使えないという回答があった場合には、単に一覧表へ記録するだけでなく、医療機関や薬局、行政、産業保健職などによる個別支援へ速やかにつなぐ必要があります。
安否確認は、集計することが目的ではありません。
支援が必要な人を見つけ、その人を具体的な支援につなぐことが目的です。
被災者だけでなく、家族や支援者にも「こころのケア」を
災害による心理的な影響は、被災直後だけに現れるものではありません。
生活再建の見通しが立たないこと、余震への恐怖、仕事と家庭の両立、経済的不安、大切な人や住居を失った悲しみなどが重なる中で、数週間後、数か月後に不眠、不安、抑うつ、集中力の低下、怒りや無力感などが強まる場合があります。
また、被災者を支える自治体職員、医療職、福祉職、企業の担当者、管理職、ボランティアなども、自らの疲労やつらさを後回しにしがちです。
厚生労働省の「こころの耳」では、被災した労働者、そのご家族、事業者、部下を持つ方、支援に携わる方に向けて、こころと健康を守るための情報がまとめられています。
厚生労働省「こころの耳」
被災者に対するこころのケア
―被災者やその家族、支援者などの方へ―
https://kokoro.mhlw.go.jp/victims
同ページでは、被災者、事業者、労働者とその家族などを対象とする「心と健康の相談ダイヤル」も案内されています。相談内容には、強いストレスや不安だけでなく、エコノミークラス症候群、感染対策などの健康上の不安も含まれます。掲載時点の電話番号は0120-200-826、受付時間は平日10時から17時までです。利用時には、公式ページで最新情報をご確認ください。
櫻澤博文が災害時の産業保健に寄せる想い
合同会社パラゴン代表社員・櫻澤博文は、産業医の役割を、病気になった人を面談することだけだとは考えていません。
働く人が不調に陥る前に、その兆候に気づくこと。
不調が生じても、孤立させず、深刻化させないこと。
一度回復した人が、再び同じ困難に直面しない環境をつくること。
これは、櫻澤博文が提唱してきた、
「出さない・こじらせない・繰り返させない」
という考え方にもつながります。
災害時においても、この姿勢は変わりません。
産業医や企業が確認すべきなのは、単に「出勤できるか」ではなく、
「薬はありますか」
「治療は続けられていますか」
「眠れていますか」
「ご家族も安全ですか」
「一人で抱えていませんか」
「支援するあなた自身が休めていますか」
という、その人の生命と生活を守るための問いです。
災害直後には緊張感の中で動けていた人が、数週間後に疲れ切ってしまうことがあります。支援が縮小し、周囲の関心が薄れ始める頃に、孤立や不調が深まることもあります。
だからこそ産業保健には、発災直後だけでなく、1か月後、3か月後、半年後、さらにその先まで、働く人と支援者を見守り続ける視点が必要です。
企業と職場が今日から実行できること
被災地に事業場を持つ企業だけでなく、被災地外に本社や管理部門を持つ企業にも、できることがあります。
まず、安否確認に、けがの有無だけでなく、服薬、治療、避難場所、家族の状況、現在困っていることを確認する項目を加えてください。
次に、復旧作業に携わる労働者、現場責任者、自治体や取引先を支援する担当者について、労働時間、休憩、睡眠、交代要員の有無を確認してください。責任感の強い人ほど「自分は休めない」と考えやすいため、組織として休ませる判断が必要です。
そして、相談窓口は一度知らせて終わりにせず、繰り返し伝えてください。
相談を利用することは、弱さの表れではありません。自分と家族、職場を守るための適切な行動です。
災害関連死を、一人でも減らすために
災害によって失われる命には、地震が発生した瞬間に奪われる命だけでなく、その後の支援によって守れる可能性のある命があります。
働く人の持病、服薬、仕事内容、家族状況を平時から把握し、健康を支えてきた産業医、産業保健師、看護職、衛生管理者、人事労務担当者だからこそ、災害後に気づける危険があります。
合同会社パラゴンは、産業医科大学の卒業生として、また、働く人のこころと身体を守る産業医として、熊本の皆様の安全と健康、そして一日も早い生活の再建を心より願っています。
目の前にいる一人の声を聴くこと。
必要な医療や支援につなぐこと。
支援する人自身を孤立させないこと。
そして、支援を途切れさせないこと。
その積み重ねが、災害関連死を減らし、被災された方々の命と尊厳を守ることにつながると、私たちは信じています。
合同会社パラゴン
代表社員・代表医師 櫻澤博文

