「第30回日本医学会総会2019中部」での「開業医、勤務医、産業医の社会的使命と過重労働・ワークライフバランス」に、合同会社パラゴン代表がシンポジストとして参加致せました。そこでの議論の模様を当シリーズその3として紹介します。
2019年3月になり、厚生労働省から「医師の働き方改革に関する検討会」報告書(以下、報告書)が出されました。そこに医師の時間外労働上限規制の暫定特例時間(以下、特例)が年1860時間とされました。その背景や懸念される健康影響に関して議論が進みました。
1.そうけ島茂教授@三重大学大学院医学系研究科 公衆衛生・産業医学分野より
①Working hours as a risk factor for acute myocardial infarction in Japan: case-control studyで明らかになった長時間労働による心筋梗塞死という健康影響は、世界的にもリスク因子だとの共通理解が得られている。
②長時間労働による他の健康への悪影響としては、不整脈や抑うつ性障がいに関しても科学的根拠あるリスク因子であることがわかってきている。
③いくら地域の中核的医療機関という地域医療を担う組織だからとはいえ、地域医療に邁進する高邁な医師に対し年間の時間外労働を1,860時間まで緩和することは、上記よりその医師も一個の生物学的な立場である以上、その健康に悪影響を及ぼしうることが懸念される。
④地域医療を守るという社会的使命を果たすには、医師だけにしわ寄せを及ぼさせるのではなく、他職種との連携を含めた、別種の公共政策的解決が必要である。
2.羽生田俊参議院議員より
自由民主党厚生労働部会「医師の働き方改革プロジェクトチーム(PT)」の座長を務めている立場から、「医師の健康の確保」と「地域医療の適切な確保」の2つの視点を柱として議論を行ってきた経緯と、報告書に盛り込まれた「年1860時間」という特例に対しての見解と対策を紹介されました。
①医療機関も、101人以上の雇用を抱える場合には2019年4月から、100人以下の場合には2020年4月から、「働き方改革関連法」の適応が施行されている(※その他諸条件はありますが、大きくは上記2点において施行)。
② ①には例外があって、それは医師への適応は2024年になるということである。
③「医師の働き方改革」については、「医師の健康への配慮」と「地域医療の継続性」との両立が不可避。
④ ③の履行には、時間外勤務となる理由について詳細に分析すると共に適切な対応が必要。
⑤医療安全と地域医療を守るための適切な対応としては、医師の偏在の解消、国の意識改革、ICTの活用に加え、「タスクシフト」の実施が避けられない。「タスクシフト」とは医師でないとできないこと以外を医師には担わせないという、換言すると医師ではなくても担当できる業務は別の職に分担してもらうという職務分担。
⑥PTとして「初期救急、休日夜間診療体制の再構築」、「かかりつけ医と病診連携の普及促進」、「予防・健康増進活動の推進」等、各医師会に求めた。
⑦勤務医の長時間労働を是正するためには「1人の医師が行っている医療を2人で分ければ、それだけ人件費もかかる。これに対してはどうしても財源が必要になる」と財源の確保が必要だと強調の上、PTとしても政府に申し入れた経緯
以上を紹介されました。
3.湯地晃一郎特任准教授@東京大学医科学研究所国際先端医療社会連携研究部門より
①地域の中核的医療機関に従事する医師の時間外労働時間の上限が1,860時間の背景は、2016年実施の厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(以下「医師10万人調査」)にて、労働時間が長い方から1割に相当する労働時間。
②「医師10万人調査」では、男性の28%、女性の17%が週60時間以上の労働に従事していた。
③同調査では、待機時間の平均が男性では16時間、女性では12時間だった。
④時間外労働の平均が長い診療科は、救急、外科、臨床研修医の順だった。
⑤地域制が生じる原因を分析するために行った層別解析では、年代に応じて、地域を避ける理由に差異が認められた。
以上より、医師のワークライフバランスを実現するためには、過重労働対策が急務であり、解決策としては、以下の導入を提言されました。
・単独主治医制ではなくチーム主治医制の導入、
・交替で主治医を担当する担当医制の導入する、
・「タスクシフト」の導入、
・労働時間や勤務体制の多様化の推進
4.櫻澤博文@合同会社パラゴンより
【課題】
①わが国の直近である2018年10月1日時点での生産年齢人口は、ピーク時の1995年よりすでに1,100万人も減少し、割合では86.5%まで低下していた。かつ人口動態を元にした想定人口は減少の一途。
②国家レベルでの労働力不足は、「株式会社日本」における企業の生産活動に様々な影響を与えている。ミクロでみるならば企業の事業継続性に影を落とすだけではなく、最前線で支援に従事する産業医にもさまざまな負担が生じるという現実がある。加えて今般の労働安全衛生法改正にて、更なる負荷が産業医に強いられることが危惧される。。
【対策】
以下が「タスクシフト」に留まらない、「オープンイノベーション」例
A特定社会保険労務士と
ストレスチェックで浮彫になる労働問題からのリスクヘッジという「タスクシフト」に留まらず、健康経営優良法人認定まで可能になっている事例として職業性ストレスチェック実施センターがある。
80項目版ストレスチェックの有用性と集団分析結果の分析と、「アクションプラン」という職場環境改善計画の実行が労働者災害補償保険金からの助成金を使うことで事業者の負担がゼロになる場合もあり、「アクションプラン」という職場環境改善計画の実行実施率が68%と第13次労働災害防止計画が掲げた2013年度での到達目標値(60%)を2018年度にてすでに達成している。
出典:櫻澤博文.過労&過老社会対応に向けて.健康開発 2018;22(4)56-60
Bキャリアコンサルタントと
熊本の仁誠会のように、個々の適性に基づいた適職への配置支援というキャリアカウンセリングを実施している医療機関はすでに実在している。監修本を参考にしてもらうことで、Aと相まって、少ない人的資源で、多くの生産性を示す医療機関が増加することと期している。
5.森田朗教授@津田塾大学総合政策学部 より
①櫻澤が取り上げていた人口減問題を我が国は、解決できる状況にない。
②医学部の定員が9400人を超す現在、2018年の出生数が94万人ということを鑑みると、昨年生まれた子供の千人に一人は医学部に入学できるということを意味する。将来は医師余りが確実に来ることも考える必要がある。
③将来の前に、現在の医師の働き方改革をかなえるためには、
・医師の健康確保、
・医師に課せられた社会的使命(ミッション)、
・医師という労働力や社会的資源の配置、
・医師養成に要する国民負担 といった複雑に絡んだ連立方程式を、国民レベルでの合意形成を踏まえて解きほぐす必要がある。
④ ③のためには、医師の働き方を含め時間だけを考えて労働の管理をしていくこと自体が限界に来ていることを認識すべき。対する解決手段は、Business process re-engineeringという、生産性に着目した業務分析を行い、タスクシフトも含めて業務の効率化という観点で考える手段がある。実際、同様に社会的要請面の増大に対し、限られた公的資源という制約に直面している社会的システム例として「公的教育」での活用例がある。地域での指導者に、部活動指導を担ってもらうようになった実際はこの活用例の1つ。
⑤ 医療においても、質的な悪化が生じないよう、治療効果を目的変数とした、いわば外部監査にて、質的劣化を防止しながらの、少ない医療資源を有効に活用しえる医療システム管理手法の開発と適用、そしてそれらが可能になる制度設計が求められると提言を出されました。
6.フロアより
ある地方医師会の理事より、以下の問題提起がありました。
(1)医師の過重労働の問題を解決するには、たとえば外科系に進路を選択する医師の激減ぶりからも、診療科偏在の解消が不可欠。
(2)激務をこなさざるをえない診療科に対しては、医師の就労を誘導するための金銭的なインセンティブが働く仕掛けが必要である。