メンタル産業医による日本産業保健法学会・2020年6月6日Zoomセミナー報告
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メンタル産業医による日本産業保健法学会・2020年6月6日Zoomセミナー報告

2020年06月06日(土)4:33 PM

メンタル産業医の命名者で知られる櫻澤博文が合同会社パラゴン(東京都港区)を創設したのは2013年6月6日。その7周年にあたる2020年6月6日に日本産業保健法学会が新型コロナウィルス感染症に関する労務問題Q&Aという題でZoomセミナーを開催しました。

参加されなかった方でも、「参考サイト:新型コロナ労務Q&A」にて、報告された内容の実際が確認可能です。

ここでは新型コロナウィルス感染症(COVID-19)に関する代表的な労務問題について、学会のプロジェクトチームが課題ごとに分担んされ、Q&A形式で回答を示されています。かつそれらは既に厚生労働省や弁護士事務所・社会保険労務士事務所などで報告された内容を踏まえ、より実務的に役立つよう、かつ中立的なものが示されています。

 

Q6:休職期間の延長要求・出社拒否(2020.6.6)

特に秀悦なのが以下です。

リスク分析モデル試案

手続的理性の視点からリスク分析のルールを考える際、たとえば、従業員(Employee)、外部環境(Environment)、使用者(Employer)の3つの視点から情勢を俯瞰し(仮に「3E分析」とします)、リスク要素の漏れがないように議論してリスクの洗い出しを行うことが有効と思われます。

3E分析では、従業員のリスク要素として、基礎疾患、年齢、妊娠等の健康情報やライフスタイルが挙げられます。また、外部環境のリスク要素としては、緊急事態宣言の有無や市中感染状況等が、使用者のリスク要素としては、感染の可能性が高い業務か、感染予防対策の有無等が考えられます。以上は例示であり、3視点(項目)のリスク要素には、多種多様なものが存在します。
 3項目のリスク要素を洗い出した上で、図表「感染リスクの3E分析」のように項目ごとのリスク点を評価します。

糖尿病や高血圧などの基礎疾患がある従業員が、業務上、新型コロナウイルスに感染して重症化した場合、就業させた使用者は責任を負うのでしょうか?重症化リスクの評価につき医学的に見解が割れるようなケースで、産業医が就業可としたので就業させて重症化した場合には、使用者や判断を行った産業医が賠償責任を負うことになるのでしょうか? (Q7-1 就業による重症化の責任)
これとは逆に、産業医が就業不可としたので休業させたものの、同条件にある者は重症化せずに済んだ場合、判断した産業医や使用者は、休業による賃金減額分などについて補償・賠償責任を負うのでしょうか?(Q7-2 就業制限によって生じた損失の補償・賠償)

令和2年5月14日付け厚生労働省労働基準局長の労使団体の長あて文書「職場における新型コロナウイルス感染症への感染予防、健康管理の強化について」では、使用者が構築すべき産業保健体制等について、以下のように示唆されています(抄)。

① 労働安全衛生法上、安全衛生委員会(衛生委員会)、産業医、衛生管理者、安全衛生推進者、衛生推進者等が設置・選任されている場合、こうした衛生管理の知見を持つ労使関係者により構成する組織の有効活用を図るとともに、労働衛生の担当者に対策の検討や実施への関与を求める。
② 産業医等の助言を得つつ、妊娠中の女性労働者や、高齢者、基礎疾患(糖尿病、心不全、呼吸器疾患など)を有する方々に対して、十分な労務管理上の配慮をする。
③ 産業医や産業保健スタッフの主な役割については、一般社団法人日本渡航医学会及び公益財団法人日本産業衛生学会が5月 11 日に公表した「職域のための新型コロナ ウイルス感染症対策ガイド」において、次のとおり示されているので参考にする。
・医学情報の収集と職場への情報提供
・職場における感染予防対策に関する医学的妥当性の検討と助言
・職場における感染予防対策及び管理方法に関する教育・訓練の検討と調整
・従業員の健康状態にあわせた配慮の検討と実施
・事業場に感染者(疑い例含む)が出た場合の対応
・職場における従業員のメンタルヘルスへの配慮
・職場における段階的な措置の解除に関する医学的妥当性の検討と助言
・職場における中・長期的な対策に関する医学的妥当性の検討と助言
④ 労働安全衛生法上、安全衛生委員会、産業医等が設置・選任されていない事業場では、産業保健総合支援センターのメール・電話相談、各種情報の提供等の活用を検討する。

 

 

 

以上は、以下の方々で作成されていました。


執筆担当
井上 洋一(愛三西尾法律事務所、弁護士)
小島 健一(鳥飼総合法律事務所、弁護士)
西園寺 直之(伝馬町法律事務所、弁護士)
清水 元貴(宏和法律事務所、弁護士)
山本 喜一(社会保険労務士法人日本人事、社会保険労務士)
吉田 肇(天満法律事務所、弁護士。元京都大学客員教授、日本産業保健法学会理事)
淀川 亮(弁護士法人英知法律事務所、弁護士)

編集担当
淀川 亮(弁護士法人英知法律事務所、弁護士):編集責任者
小島 健一(鳥飼総合法律事務所、弁護士)
西園寺 直之(伝馬町法律事務所、弁護士)

監修
三柴 丈典(近畿大学法学部教授)

 

参考文献としては、以下が参考したいと考えられました。

出典:杜若経営法律事務所.新型コロナウイルス感染症に関する労働問題Q&A(ver.3) 

出典:日本労働弁護団新型コロナウイルス労働問題Q&A(ver.2) 

 

 

また、京都大学名誉教授 川村孝先生による「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する諸問題」を元にした特別講義もございました。

ヨード使用うがい薬が、風邪の抑止効果はないどころか、かえって悪化させることを示された、疫学の本家、本流、卓越された方だけあって、18年ぶりの再見に感銘を受けました。なにしろ川村先生は、日本疫学会学術総会にて、唯一、清廉かつ志が立派な方と感服した講演をされていたからです。

感傷はさておき、上述から抜粋すると、さすが、的確なご指摘をされています。

 

数理モデルは流行現象の一部をよく説明しますが、感染の全貌 (感染様式の多様性、交叉・自然免疫の存在など) をカバーしていませんので、予測に限界がありますし、また様々な仮定を置いているので、本来は感度分析(仮定のズレで結果がどれほど動くか)とともに提示すべきものです。新型コロナウイルス感染症の初発例が報告されてまだ半年。わからないことがたくさんあります。また、“専門家”は狭い領域の専門家であることが多く、生物学的なメカニズムから国としての施策の立て方まですべてに精通することはなかなか容易ではありません。また、「何をするとよいのか」も、感染の防止効果、経済活動の維持、心理的影響、コストなど考慮すべきことは多く、またそれぞれが確率論的・相対的な問題なので、唯一・絶対的な正解があるわけではありません。 したがって観察された事実を速やかに共有するとともに、多くの専門家が意見を出し合い、それを集約して“よりましな施策(合意形成)”に結びつけていくことが重要です。本小論もその一つになれば幸いです。

表に記載した予防策が徹底されれば、移動や営業、集会や娯楽は禁じられるべきではありません。 また、標語として面白い「3密」ばかりが強調され、「物を介した感染fomite transmission」に対する注意がおろそかになっているように感じられます。クルーズ船内の残留ウイルス遺伝子検査の結果や経路が追えない症例の多発もその傍証です。自宅に籠もっていても避けられない食料品の買い出しや宅配物・回覧板で感染する可能性もあります。物の消毒には、アルコールや次亜塩素酸のほか、熱風や紫外線も有用です。

反対に換気は強調されすぎのように思います。感染の主体は病原体を含む飛沫への接触で、マスクが当たり前の状況では飛沫を直接浴びることは少なく、エアロゾル(微小飛沫)はくしゃみや強い咳の時にマスクの上端(鼻翼周囲)から漏れるので感染源となる懸念がありますが、粒子径が10分の1になると体積は1000分の1になり、含有するウイルス量も相応に減ります。エアロゾル状態の方が感染はしやすいようですが、ウイルス量の違いを凌駕するほどではありません。また、エアロゾルは物理的に慣性に対する粘性が大きいので遠方へは飛ばず、顔の周りを漂います。このとき換気によって空気が動くとエアロゾルも一緒に動き、2メートル以上離れていても漂う病原体に曝露する可能性があります。大きい飛沫はすぐに落下するのでもともと換気の効果はなく、エアロゾルを除去するために換気を行うのであれば、空気を天井か床から抜くか、人のいないときに行うべきでしょう。また、換気扇だけ設置して反対側に空気の取り入れ口のない部屋も見かけるので、合理的な換気構造にする必要があります。

 

出典:日本産業保健法学会

 



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