ストレスチェック導入に長けたメンタル産業医で知られる合同会社パラゴン(東京都港区)の創設者はメンタル産業医の命名者として知られており、健康経営を推進するツールとしてストレスチェックを活用する方法についても造詣が深いです。
今回は職場活性に向けた応用編として、「攻めのメンタルヘルス」という題でキャリアコンサルタントを活用するといった具体的な取り組み例を紹介します。
ストレスチェックに関して、当シリーズでは一貫して、メンタル不調者をださない為に労使双方に課された対策として大きな進歩だということ、紹介してきました。そして、単に受身的な対応を執るだけでは、定期健康診断と同様、管理のための管理に成り下がり、期待できる効果は得られません。メンタル不調者をださない為の能動的な取組として、「ストレスチェック+α」の「+α」の部分として、「攻めのメンタルヘルス対策」に取り組んだ良好事例を今回は紹介します。
『事例1 介護事業所 A (従業員数:正社員25名 パート社員50名)』
事業所背景:従業員の9割が女性。人間関係は悪くないものの、新人がなかなか定着しない。
把握されていた問題点:
① 古参社員からのプレッシャーを離職の原因で挙げる新人がいた。
② 事業主は介護の現場における経験は乏しい経営者で、仕事で実績を挙げている古参社員への指導は遠慮している状況があった。
集団分析の結果:
一定数の人間が、仕事の裁量や人間関係に対して不満を持っていることがわかったこれを受けて、会社は、新人の定着率を上げる為に、以下の取り組みを実施した。
取組1 :パート社員、正社員、管理職と各階層別の研修会を実施
研修内容は「交流分析(TA)」を使った(参考1)。
参考1
TA (交流分析)
60問の質問に答え、自身の考え方の癖や性格タイプ分析ができる。
「特徴」
1.エゴグラムと図表による分析で、その人の性格がよく分かり、採用の可否や、適正な配置の決定に役立てることができる。
2.臨床心理学の基本である交流分析を用いているので、信用性も高く、潜在的なメンタル不全の発見にも役立つ。
3.良い悪いではなく、そのひと個人の、考え方、価値観が深く分かるので、採用時だけではなく、新入社員の研修、コミュニケーションやモチベーションの研修にも使うことが可能。
4.自分自身の思考タイプの理解と、自分ではない同僚という他人の思考タイプを理解することにより、違う志向タイプの人間に対する理解不足の為に起こる怒りや憤りは無駄であり、他者へ変化を求めるのでなく、自身が対処方法を身に付けることで、苦手意識がある同僚と円滑なコミュニケーションが可能になる。
取組1の効果:
①例えば、ある労働者が、同僚の上司との応対を見て、「研修を生かしているね」と話題になるなど、研修内容そのものが同僚間での共通認識として拡がっていった。
②業務上のストレスの減少やコミュニケーション活性化といった効果が労働者において得られた。
③パート社員からは職業訓練を受ける機会が少ない為、研修会は新鮮で、勉強になったと喜ばれた。
取組2 キャリアコンサルタントによるキャリアコンサルティングの導入:
会社負担で、入社初年度、5年目、10年目、15年目と5年ごとの節目研修としてキャリアコンサルティングを定期的に受ける制度を導入。外部のキャリアコンサルタントに依頼し、自身のキャリアプランをメインに話をするが、家庭(育児、介護)と仕事の両立、自身の健康不安等、内容に制限は持たせず、つまりは“よろず相談”よろしく、遠慮なく話すことができる状況設定を行った。キャリアコンサルタントはあらかじめ、会社の理念、会社が従業員へ期待する役割などを把握した上で、目標設定時には個人と会社の共通目標を擦り合わせるような支援を提供した。
取組2の効果:
①会社から求められている役割や自身の目標を、外部からのキャリアコンサルタントと話しながら、社員が自ら認識し、設定することで、自発的に動ける姿勢が涵養された。
②外部からの、より客観的な自社の評価を聞く機会にもなったことから、労働者自身が、ある意味、恵まれた環境にいることに気づいたという良い意味での副産物も得られた。
③キャリアコンサルタントより、「あなたは会社に必要な存在である」と積極的に伝えてもらっていたことからも、そして労働者自身のキャリアプランを持つ事で、日々の仕事において、より積極的・能動的な自分軸を持った働き方ができるようになっただけではなく、社員の帰属意識が高まる効果も得られた。
④会社では話しづらいプライベートな悩みなども話せる事で、社員の気持ちが軽くなる効果もあった。
2016年(平成28年)に約7,300企業の約24,000人を対象に労働者調査が実施された結果では、規模の小さな事業書は、1,000人以上の事業所に比べ約半数しか、このキャリアコンサルティングを実施していません。一般に、企業がキャリアコンサルティングの仕組みを導入する場合は不公平が生じないよう事業所の労働者規模に関わらず提供することを考慮すると、純粋に中小企業は下表数値より更に低い可能性があるかもしれません。でも中小企業3社に1社はキャリアコンサルティングの仕組みが導入されています。
表 キャリアコンサルティングを行う仕組みがある事業所
企業規模 |
正社員 |
正社員以外 |
1,000人以上 |
62.4% |
41.5% |
999〜300人 |
43.9% |
29.0% |
299〜100人 |
40.9% |
28.3% |
99〜50人 |
36.1% |
26.5% |
49〜30人 |
30.8% |
22.4% |
『事例② 広告代理店 B社 (従業員数:正社員60名 嘱託&パート社員4名)』
事業所背景:ストレスチェックで医師の面談が必要な「高ストレス」と区分された社員が2名、しかも地方にある同支店内から発生。その支店では、過去、メンタル不調にて休職した中間管理職がいた。その中間管理職のメンタル不調の原因が業務に起因するものなのか、それとも私的要因なのか把握されていなかったことから、対策としては特に業務に限定しないことになった。
取組1 産業カウンセラーに、全社員(含:高ストレス者2名)との面談を、最低1回委嘱。
取組の効果:過重労働により疲労が認められる社員もいたが、それよりも管理職のパワハラが浮き彫りとなった。報告を受けた会社は、担当役員の指示により管理職の配置転換を行った。
教訓:ストレスチェックを契機として本社から離れた支店では管理部門の目が届きづらく、ハラスメントが起きても声をあげづらい実情があることが認識できた。
対策:以後、産業カウンセラーに対して、上司を経由することなく相談できる体制を構築。産業カウンセラーも、地方の支店へも“出前面談”を行うことで、人事部だけでは把握し難い労働者の“声なき声”を把握する対策にて、労務管理を補完することに。
取組2:ライフプラン研修(28歳以上対象)
心理学者ユングは、人間のライフサイクルを4つに分類(少年期、成人前期、中年期、老年期)しました。
ここでの「中年期」とは、個人や性別により訪れるタイミングは前後するものの、おおむね40歳~65歳を示します。
中年期へさしかかった人間は、身体的・機能的な衰えを感じるようになり、仕事上の可能性と限界もわかってきます。
この時期には、いままで歩んできた、いわば“生き様”や半生を振り返らざるを得なくなる状況が訪れます。
どんな生活状況にあっても、この時期には自身の限界を認め、自身ができることとできないこと とを選別し、人生で次にどんな道を踏み出すか考え、よりよい適応ができるよう、選択と集中という、良い意味での諦念という選択をしていく特別な時期を迎えるといえましょう。
この状況をうまく乗り越えられないと、「中年の危機」というメンタル不調をきたすことになりかねません。
これを防止する一助として、キャリアコンサルタントによるキャリアカウンセリングが一般的です。
他には「ライフプラン研修」があります。生活資金面における不安を曖昧にせず、今後の人生をどのように過ごしていくか確認する為の研修です。ライフプラン研修は、主にライフプランシートを記載する事を学びます(参考2)。
40代を対象に研修を実施すると、中には金額を埋められない男性社員が多く出現するという傾向が確認されます(妻が管理しているから、水道代金や、子供の教育費がわからない等)。そのような場合に研修では、書き方をのみ教え“残りはご自宅で家族に聞きながら仕上げてください。”と伝えることで、家族との協議の場へ、いわば送り出します。自身でこのライフプランシートを、家族の協力を得ながら書き上げる中で、これから自身に起こる変化と、対する準備が必要だとの気づきを促す効果を受容してもらう次第です。
なお多くの事業所では、退職前の社員に向けて行われる事が多いこのライフプラン研修ですが、この事業所では28歳からと、若年層から参加してもらいました。自身のライフイベントにおいて必要となるお金や、退職後の生活において必要となる金額の実際というものを、若い社員含め実際に試算してもらうことで、正しい金銭感覚を把握・理解してもらうことを主眼としたからです。
取組2の効果:期待通り、自分で蓄えておくるべき金額や、身につけるべき技能や資格なども明確になっていく効果がありました。現実を正確に把握し、未来に対する推認の精度を高め、将来に対する不要な懸念を抱かせずに済むことは、長期にわたる良好なメンタルヘルスを維持することにもなることでしょう。
参考2 ライフプラン
自身の人生のライフイベント等にかかる費用を試算して、お金の流れをイメージするため
キャッシュフロー欄へ金額を入力
以上、前半ではメンタル不調者を出さない為の“攻めの対策”として、キャリアカウンセリングやライフプラン研修という対策事例を紹介しました。
企業はその業種、人員構成、社歴、社格といった差異から、ストレスチェック実施後に取り組むべき適切な対策とは何なのか、一概にはいえない限界は当然にあることでしょう。そんな中紹介した取組事例は、採用時研修や、産業カウンセラーの面談を通じて提供されている、いわば普遍的な手法を活用しています。すなわち取り入れやすい一般的な対策です。「攻めのメンタルヘルス」という題が示すように、これらの取組を活用することは、より働きやすい職場環境を形成するという効果も期待できます。ここに上げた事例や取組が、これから「攻めのメンタルヘルス」対策に取り組もうとする事業所の参考になれば、こんなに嬉しいことはありません。
後半:「エモログ」紹介
今日、われわれの仕事は、PCかタブレット、またはスマホという電子画面を使っての作業と切り離せません。人間工学的な作業環境に関する評価は、これまでも行われてきました。しかしながら、人間が操作するソフト自体を人間工学的に、もしくはヒューマンフレンドリーの観点から評価かつ改善を企図したサービスは、労働安全衛生や産業保健の専門誌で見たためしがありませんでした。
そんな中、Webサイトやゲームアプリにおける ユーザー行動と感情を可視化可化し、改善点を抽出する評価サービスがまっていました。それは「EMOLOG(emotion log) URLhttps://emolog.com/」という、株式会社ヒューマンクレストヒューマン社(代表取締役 渡辺義孝)が提供しているサービスです。 名称が示す通り、人間の「感情」データを扱ったサービスであり、判断プログラム論理の根拠にはJ.A. Russellの「感情の円環モデル」を置いています。
エモログの特徴:
①利用者が確認したい質問項目を、自由に設問として設定できるようにユーザビリティが高い。
②オンラインアンケートで定量的はデータ取得が可能であることに加え、実際に、その対象ソフトを操作してもらい、その操作状況を動画撮影し、その動画の内容を定性的に深堀調査も可能。
③ ②の結果は、「EMOLOG」のシステム内で自動集計可能。
④利用者が感じた感情を確認するだけではなく、その感情が誘起された理由も確認できるシステムであることから、「なぜその感情を抱いたか」という心理状態まで把握が可能になる。
例えば、ある回答ボタンの大きさが、ホームページ全体の色調とかぶってしまい、識別にストレスを利用者が感じたとします。その場合、そのボタンを押す操作は、その画面の利用者からしたらストレス要因になります。そのボタンを通じて回答を行う利用者が感じる感情と、その感じた気持ちを抱いた理由となるコメントが把握できるシステムです。ひょっとすると、難解な操作性が、本当に把握したい回答内容に良ろしくない影響を与えている実際まで把握可能になります。
図 エモログの仕組み
このソフトサービスを活用すると、社内のイントラネットの社員というユーザーフレンドリー性を高めることが可能となり、作業する際の「面倒だ」や「見辛い」、「わかりにくい」、「使いにくい」といったストレス要因を特定することができるようになります。それらの改善を通じて、ストレス軽減がはかられるようになると、働きやすい情報処理環境が構築され、作業効率や生産性までもが当然に高まることが期待できます。政府が進めている「働き方改革」の流れにも沿い、長時間労働を是正することにもつながりましょう。
出典:社会保険労務士小嶋 かつら/医師・労働衛生コンサルタントさくらざわ博文.これで安心!ストレスチェックの実施実務[16] 職場活性に向けた応用編 その②.先見労務管理 2017年3月25日号