当シリーズ第13回で産業医科大学堀江正知教授のご懸念を伝えました。それは産業保健制度を なきものにしようがごとき業者の暗躍は許される話ではない懸念です。対してストレスチェック制度に長けたメンタル産業医で知られる合同会社パラゴン(東京都港区)が対策を記載します。
高ストレス者が10%とされた理由について
どうしてストレスチェックを受検した人のうち10%もの 多くの受検者を「高ストレス者」と区分しなければならないのか、おかしい と 考える事業者が多くいらっしゃます。そもそも、一次予防を目的としていながら、矛盾してはいないか?と。 確かにその疑問の方が理に適っています。
そんな中、産業医大出身で産業医として高名な浜口伝博先生より、その背景が記載された書籍が発売されました。
課題を抽出します。
課題その①:高ストレス者の対象を10%とした点は過剰、2.5%で十分
どうしてストレスチェックを受検した人のうち10%もの 多くの受検者を「高ストレス者」と区分しなければならないのか、おかしい と 考える事業者は産業医契約先に多く確認出来ております。
そもそも、一次予防を目的としていながら、矛盾してはいないか?と。 確かにその疑問の方が理に適っています。+2SDの外側の分布を「まれな値」としてみることは理に適っています。でも、受検者の中には+2SD側の、点数が高く出る「高ストレス者」もいたら、-2SD側の、点数が低くて済んでいる「低ストレス者」もいます。そのような分布をとることが想定される結果を対象にする以上、片側検定ではなく、両側検定としての概念を取り入れて考えるべきです。すなわち、「高ストレス者」は点数の高い側から 2.5% で十分になります。
更に、集団や組織によって、感度や特異度を考えたら、1%でも0.5%でも十分な場合もありましょう。
全国 事業所の皆様。検査前確率がどの程度なのか、契約されている産業医に検討してもらってください。
課題その②:「安全係数」 の誤用がある
安全係数を2倍に見積もっている点の背景を考察すると、「スクリーニングで見落としを少なくする」という発想が背景にあるのでしょうか。
見落とし・・・偽陰性を少なくする場合や、中毒学や有害物質の人体への影響を防止する安全学から考えたら、正しい理論ではあります。例えば人体に影響が出なくて済む閾値は100ppmだ。それに対して安全係数である2倍を 掛け合わせて、仕事中の 不意の事故からも労働者を守るための「許容濃度」を200ppmに設定すことは、これまでもなされているからです。
でも、統計学の分布からするとおかしな理屈になります。+2SD(2.5%)の2倍は5%ではありません。
課題題その③:メンタル疾患のスクリーニングではないという「一次予防」という崇高な目的があるのに、「二次予防」(スクリーニング)に留まってしまっている
一次予防をうたっていながら、医師による面接という対応が必要なものを「スクリーニング」して対応するという流れは「早期発見・早期治療」という二次予防の概念です。
「メンタルチェック」時代の法制度が廃案になった際の検討委員会では、ある点より上の検査結果だった労働者に対して、医師に面接させるという対応を執ろうという際には「感度」や「特異度」の悪さが検討されていました。二次予防も考えるのであれば、きちんと、この「感度」や「特異度」を踏まえたカットオフ値を決めるよう、制度を整えるべきでした。
詳しく記載します。「職業性ストレス簡易調査票」が、様々な状況で、そして高頻度で使われてくると、感度も特異度も悪化していき、質の悪い結果しか導き出せなくなるリスクが産業医先で懸念されていました。
この懸念が間違いではない実際を証した加藤らの研究結果を紹介します。
日中の過度な眠気がある群では、性別や年齢、業務内容等の調整を行わないと
「ストレス要因」:心理的な仕事の質的負担、仕事のコントロール度、仕事の適性度、働きがい において
「ストレス反応」:活気、イライラ感、疲労感、不安感、抑うつ感、身体愁訴と全項目 において
「修飾要因」:仕事や生活の満足度
以上において統計学的に有意な影響がみとめられました。すなわち、交代制勤務者のような強い眠気を常態的に訴える集団においては、きちんと層別解析を行わないと、日中の過度な眠気が悪影響を及ぼしかねない結果でした。
なお、性別、年齢、職歴年数、夜勤経験年数、勤務形態にて調整を行ったところ、「ストレス要因」での職場環境によるストレスとは統計学的に有意な負の影響が。
「ストレス反応」での疲労感においては統計学的に有意な正の影響が認められました。
職場環境によるストレスと負の影響が出たということは、交代制勤務者のような強い眠気を常態的に訴える集団においては、「ストレス要因」として職場環境を尋ねることが意味をなさない可能性があります。「ストレス反応」での疲労感は、そもそもの強い眠気が招いている可能性が高いということになります。
ストレスチェックを実施する集団が、どういう集団なのか、すべての産業医や面接医がこれらを知っているとは限りません。
特に開業している精神科医に面接医を担わせると、点数や当人の訴えだけで要治療と、我田引水されかねないことは、ストレスチェック制度に関する厚生労働省の検討会の座長を務められた相澤相澤好治先生も懸念されています。
当ページをお読みの実施事務従事者の皆さまは間違った施策を強いられないよう、衛生管理者資格をお持ちの方も多いかと。すなわち最後の防潮堤を担ってもらえますよう期待します。
出典:加藤千津子、嶋田淳子、林邦彦.看護職の眠気と職業性ストレスの関連.日本公衆衛生誌 2015;62(9):548-55
出典:清文社.Q&A ストレスチェック実施ガイド 職場のメンタルヘルス対策への活用と留意点