健幸(ウェルビーイング)経営に向けたストレスチェック制度の活用に長けた産業医集団が合同会社パラゴン(東京都港区)。
80項目版職業性ストレス簡易調査票の有用性を解説します。
新職業性ストレス簡易調査票(いわゆる「80項目版」
今や 標準版となった「80項目版」を紹介します。「ポジティブ心理学」から鑑みても理にかなっています。質問内容はポジティブな状況や気持ちまで把握できるだけではなく、図1にあるように、「仕事の負担合計」、「作業レベル資源」、「部署レベル資源」、「事業場レベル資源」と4軸評価に加え、それぞれの軸ごとに評価する情報量は、単純に80÷57より1.4倍であることから、1.4の4乗と、1.4の2乗は約2であることから、1.4の4乗とは2の2乗より4倍にも及び、その部署の評価精度が格段に向上します。
また、図2にあるように、個人のいきいきさ(ワークエンゲジメント)と職場全体のいきいきさ(職場の一体感)まで把握可能です。
この世の中に、失敗しない方法があります。それは取り組まないこと。挑戦しないこと。チャレンジしないこと。現状維持を選択し続けることです。
減点される評価を行う組織では、現状維持が尊重され、手痛い停滞を招きました。いわゆる失われた30年も、ひょっとすると、失敗しない方法を選択し続けてきたからかもしれません。
ご覧のように、「失敗を認める職場」と項目にあるように、挑戦、チャレンジ、現状打破を志向している職場かどうかの判別さえも、この80項目版ストレスチェックでは判断が可能です。
出典:厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課産業保健支援室.改正労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度について
出典:厚生労働省.平成29年労働安全衛生調査(実態調査)特別集計:ストレスチェック実施状況
参考サイト:黒川千秋ほか.“うつ”からの職場復帰支援ナビ[8] ポジティブ心理学に基づくメンタル失調防止法、先見労務管理、2015年11 月25日号
参考動画:東京都公認 障がい者雇用においても有用といの解説動画
これまでの定期健康診断は、主に仕事による身体への影響の有無を把握する為のものでした。一方、今回のストレスチェック制度の法定化の目的には、労働者がメンタルヘルス不調となることを未然に防止するという「1次予防」の取組みを強化するという目的を持つものです。従って使用すべき調査票には以下に関する事項が含まれなければならないとされています(規則第52条の9)。
1職場における当該労働者の心理的な負担の原因
2当該労働者の心理的な負担による心身の自覚症状
3職場における他の労働者による当該労働者への支援
これらは「3つの領域(3領域)」と呼ばれ、労働者のストレス程度を点数化して、以下に沿った評価をするよう「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針(平成27 年4 月15 日心理的な負担の程度を把握するための検査等指針公示第1号)(以下、指針)によって決められています。
参考サイト:心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針
そもそもストレスチェック制度は労働者のストレスの程度を把握することにより、労働者自身のストレスへの気付きを促すとともに、職場改善につなげていく「一次予防」という、職場環境を改善するきっかけにしてもらうことを主な目的に平成27年6月改正された労働安全衛生法に基づいた制度です。
労働者一人ひとりという個への対応を主眼としたものではなく、職場という集団を対象に、組織的な予防につながるような根拠を得て、それを元により働きやすい環境や雰囲気を整備してもらうことを主眼とする特徴を活かす必要があります。
また、精神疾患にかかった方を早期に発見したり、実際に罹っている方を見つけ出そうとしたりするような「二次予防」を目的とした制度を企業の実施義務に据えたわけでもありません。それは、この「ストレスチェック制度」について厚生労働省が平成22年4月に検討開始してから導入されるまでに4年も要したことが物語ります。この間、職場で精神疾患のスクリーニングを実施することに対して、各界から様々な懸念や反対意見が出た経緯があります。従って法改正の趣旨とは反するため導入には慎重な対応と質的内容を吟味する姿勢や対応が必要です。
そんな中、以下の「職業性ストレス簡易調査票」を元にした標準的な項目が指針等で示されています。この「職業性ストレス簡易調査票」は旧労働省の委託研究により作成された57 項目の調査票です。この「職業性ストレス簡易調査票」の宿命とでもいうべき限界を記載します。
この調査票は1988年にアメリカのNIOSHの研究者が発表した「職業性ストレスモデル」を原型としています。しかしながら「職業性ストレス簡易調査票」になる間に、大切な就職要因がそぎ落とされています。
例えば
雇用状況や職位、
仕事における葛藤、役割の不明確さ、
仕事の将来性、部下や同僚との関係といった業務と関する事項も省かれました。
それだけではありません。
家族を始めとした個人的背景、婚姻状況、
当人の性格、事故や薬物使用、疾病といった仕事以外の要因も省かれています。
従って、「仕事のストレス要因」と「心身のストレス反応」との関係性しか考えられない内容になっています。 個人要因との関連性を考慮しようにもしえない限定された内容です。このことを企業の人事労務担当者は限界だと認識しておく必要があります。
ここで「職業性ストレス簡易調査票」を開発された下光輝一東京医科大学名誉教授のご高見を紹介します。
ストレスに対する国の考え方や個人に対するアプローチ法(高ストレス者の選定)などについては、研究者(調査票開発者)として違和感を覚えるし、またエビデンス(科学的根拠)にも乏しいと言わざるを得ない。今後、介入研究などによって検証と改善(マニュアル改訂など)を行っていく必要がある。
出典:下光輝一.巻頭言.日本産業衛生学会 関東地方会ニュース 第33号 2016年1月25日
従って57項目版を使う場合には、心身への悪影響は仕事のストレス要因以外にもあるにも、それを把握できないということを前提として認識すべきです。
実際の質問項目を示します。
A.あなたの仕事についてうかがいます。
1. 非常にたくさんの仕事をしなければならない
2. 時間内に仕事が処理しきれない
3. 一生懸命働かなければならない
4. かなり注意を集中する必要がある
5. 高度の知識や技術が必要なむずかしい仕事だ
6. 勤務時間中はいつも仕事のことを考えていなければならない
7. からだを大変よく使う仕事だ
8. 自分のペースで仕事ができる
9. 自分で仕事の順番・やり方を決めることができる
10. 職場の仕事の方針に自分の意見を反映できる
11. 自分の技能や知識を仕事で使うことが少ない
12. 私の部署内で意見のくい違いがある
13. 私の部署と他の部署とはうまが合わない
14. 私の職場の雰囲気は友好的である
15. 私の職場の作業環境(騒音、照明、温度、換気など)はよくない
16. 仕事の内容は自分にあっている
17. 働きがいのある仕事だ
B.最近1か月間のあなたの状態についてうかがいます。
1. 活気がわいてくる
2. 元気がいっぱいだ
3. 生き生きする
4. 怒りを感じる
5. 内心腹立たしい
6. イライラしている
7. ひどく疲れた
8. へとへとだ
9. だるい
10. 気がはりつめている
11. 不安だ
12. 落着かない
13. ゆううつだ
14. 何をするのも面倒だ
15. 物事に集中できない
16. 気分が晴れない
17. 仕事が手につかない
18. 悲しいと感じる
C.あなたの周りの方々についてうかがいます。
次の人たちはどのくらい気軽に話ができますか?
1. 上司
2. 職場の同僚
3. 配偶者、家族、友人等
あなたが困った時、次の人たちはどのくらい頼りになりますか?
4. 上司
5. 職場の同僚
6. 配偶者、家族、友人等
あなたの個人的な問題を相談したら、次の人たちはどのくらいきいてくれますか?
7. 上司
8. 職場の同僚
9. 配偶者、家族、友人等
D.満足度について
1. 仕事に満足だ
2. 家庭生活に満足だ
なお、中小規模事業場における実施可能性も考慮すると、標準的な項目をさらに簡略化した調査票へのニーズも想定されるということで57 項目のうち、「仕事のストレス要因」に関する6項目、「心身のストレス反応」のうち、疲労感、不安感、抑うつ感に関する9項目、「周囲のサポート」に関する6項目に加え、臨床的な観点からは、「心身のストレス反応」のうち、「食欲がない」、「よく眠れない」の2項目の合計23項目版まで作成されましたが、既述のように57項目版でさえ元の開発者からすると問題が含有されている中、23項目版を使用するとなると、そもそもの以下の主眼がいよいよおろそかになります。
ストレスチェックの目的は、一次予防を主にしたものです。単に本人のストレスへの気づきと対処の支援だけではなく、労働安全衛生法の理念にもある快適職場の形成という、職場環境の改善の根拠となるべきものです。この目的に照らせば、本制度におけるストレスチェックには、「仕事のストレス要因」、「心身のストレス反応」及び「周囲のサポート」の3領域に関する内容を含めたものでなければなりません。
次の①又は②のいずれかの要件を満たす者を『高ストレス者』として選定。
- 「2心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目」の評価点数だけの合計が高い者
「2心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目」の評価点数の合計が一定以上であり、かつ、
「1職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目」と「3職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目」の評価点数の合計が著しく高い者
これら3領域が網羅され、かつ点数評価が可能で、更には無料利用が可能なものに57項目版『職業性ストレス簡易調査票』があり、指針でも使用が推奨されています。しかしながら、実施初年度が終わり、危惧されていた課題が、現実となっていることが確認されています。それは、そもそも設計した医師側が、この「ストレスチェック制度」そのものに疑念を挟んでいただけではありません。「職業性ストレス簡易調査票」では、57項目版であっても23項目版であっても、そもそも開発者からして使い方は間違っていると批判しているように、仕事以外のストレスの程度は把握するような設計はされていない点になります。したがって、「高ストレス」という結果が出た場合、その原因が仕事だけなのか、家族関係含めプライベートによるものなのか、それとも、そもそも、その労働者の仕事に対する思い、職業志向性、「キャリア」に対する思いと、今、従事している仕事とのマッチングはどうなのか、検討する必要がありました。そうしない限り、メンタルヘルス不調予防という、本来の「ストレスチェック」の目的にある、「1次予防」をかなえることはできないでしょう。実際に、中小企業専門で面談している著者のみならず、健康経営で知られる東証一部上場のグローバル企業産業医でも、「高ストレス」と区分された労働者のうち、医師による面接を希望してくる方は、予見したとおりにキャリアの危機が中心命題であり続けています。このように、限界が元より含有されたまま実施され続けています。
なお3領域に関する項目により検査を行い、ストレスの程度を点数化して評価できる条件を満たしてさえいれば、独自に自由記述欄を設けたり、業者の提案する質問項目を追加で増やしたりと、提供するサービスを付加することは差し支えありません。ただし、第三者の評価を経ていない、美辞麗句を織り交ぜた我田引水的な質問尺度を販売している業者が見受けられます。「疫学」に基づいた科学的な妥当性吟味や、投資対効果が確保された尺度はそう多くありません。
また、忘れてはならないこととして、今回のストレスチェック実施後の結果は、新たな内容についても含め、労働者の同意なく事業者に提供することはできません。
そんな中、ストレスチェックが始まったのは2015年でした。その後2021年にもなると、上記の57項目版しかストレスチェックとして実施していない事業所は、健康経営優良事業所とはみなされなくなっていたり、産業医として推奨していると、モグリと目されるようになってきています。何しろ「北風と太陽」よろしくネガティブなことを指摘されるより、ポジティブなことを取り上げ、水平展開する方がより積極的な参画を得やすいものです。しかしながらストレスチェック制度での高ストレス者のうち面接希望は0.5%と見込みの半分に過ぎないことが判明しました。標準とされた57項目版の「ストレス簡易調査票」が完成したのは20年も前です。質問内容が、ネガティブな事情や状況を把握する尺度で主に構成されており、回答するだけで気分が重くなるような気持ちになります。職位や職務上の不明確さ、将来性、交代制勤務なのかといったより仔細な仕事との関係性だけではなく、家族等との関係、婚姻状況、性格との関係性さえ把握できません。したがって「高ストレス者」のうち、医師との面談を希望する労働者の大半は、労務問題や生きづらさ、キャリアの危機を抱えている医師との面談に臨むため、互いに陰性感情といいますが、最悪、互いがけなしあうといった、荒涼とした結果を招く事象が多数、確認されています。更には夜勤看護職等の交代制勤務に従事しているような、強い眠気を常態的に訴えてもおかしくない集団においては精確に判定できない可能性があることも指摘されています。また、厚生労働省が提供している無償プログラムだと、プログラムを保存したパソコン等でしか利用できないため、複数台のパソコン等を用意する必要があったり、間違った操作をしてしまった労働者がいた場合、それまでの保存結果が消滅し再実施が必要だったりと、利用者に心的負担を強いる現実が確認されていいます。