「化学物質リスクアセスメントに基づく健康診断の考え方に関する手引き 」の紹介

 「化学物質リスクアセスメントに基づく健康診断の考え方に関する手引き」(日本産業衛生学会 産業医部会 化学物質管理WG2024年5月版)を合同会社パラゴン(東京都港区)が紹介します。

 

背景

安衛則第 577 条改正

事業者の義務として、安衛則第 577 条の2【第1項】として労働者がリスクアセスメント対象物にばく露される程度を最小限度にすること、安衛則第 577 条の2【第2項】として特に濃度基準値が定められている対象物については屋内作業場においてばく露される程度を濃度基準値以下とすることと定められました。

リスクアセスメント対象は約 2900 物質あり、それぞれの物質で呼吸域の濃度を実測するのは実際的ではありません。そこでCREATEーSIMPLE Ver3.0 等の数理モデルや実測等によって呼吸域の濃度あるいはばく露の程度の推定幅を求めて、ばく露低減対策を実行することになったわけです。

リスクアセスメント対象物にばく露される程度の最小限度とは

化学物質に対するばく露防止対策(工学的対策、管理的対策、保護具の使用等)が「化学物質管理者」によって適切に実施され、労働者の健康障害発生リスクが「保護具着用管理責任者」の支援にて「濃度基準値」という許容される範囲を超えないと事業者が自他ともに判断できる状況にまでリスク管理が徹底されている状態を示します。

 

その状況ではリスクアセスメント対象物健康診断を実施する必要は本来ございません。 

「濃度基準値」以下の意味

これら安衛則第 577 条の2第1項および第2項の対応は、従来の特定化学物質障害予防規則や有機溶剤中毒予防規則等にあるようなプロセス実施の有無が主として求められているのではなく、「濃度基準値」以下にとは、実際に個々の労働者が吸い込む空気中の濃度、すなわち「ばく露の程度を最小限度にする」といった結果が求められていることに留意する必要があります。濃度基準値以下が達成出来ていたら、ほぼ全ての労働者に健康障害が起きないと解釈でき、原則として健康診断を行う必要がなくなる点が、特化則や有機則と大きく異なる部分です。

しかしながら以下で取り上げたように、実際には職場で何気なく使用されている洗浄剤、除菌クリームや化学糊などの中にも化学物質は含有されています。更には実に多くの職場において、化学物質が知らずに(認知や認識されずに)使用されているものです。

参考:健幸経営産業医解説|新しい化学物質管理:法令準拠→「自律的管理」

 

その際、「化学物質管理者」は化学物質による労働者のがん、皮膚炎、神経障害その他の健康障害を予防するため、労働者が当該化学物質にばく露される程度を最小限度にする(濃度基準値があれば基準値以下にする)」よう事業者に指導・助言することが重要ですが、されていない場合もありましょう。

 

【第3項健診】:安衛則第 577 条の2第3項で規定される健康診断

6月以内毎に1回 1年以内毎に1回 3年以内毎に1回

・皮膚腐食性/刺激性
・眼損傷性/眼刺激性、
・感作性(皮膚、呼吸器)、
・特定標的臓器毒性(単回ばく露)

以上による急性の健康障害発生リスクが許容範囲を超えると判断された場合

・がん原生/発がん性区分1

健康障害発生リスクが許容範囲を超えると判断された場合

左記以外の健康障害の発生リスクが許容範囲を超えると判断された場合

 

労働者の健康障害発生リスクが許容できる範囲を超えるか否かの判断は事業者(含:衛生管理者)が、その安全配慮義務履行における主体者として履行する内容です。ただ、化学物質の作業環境中の動態や生体内での分布についても鑑みる内容であることから、化学物質管理者に相談するのみならず、産業医に対して確認する事業者も存在することでしょう。その際には、労働者に対するばく露量が最小限度(濃度基準値があれば濃度基準値以下、なければばく露限界値等以下)となるよう作業環境管理や作業管理が履行されいるのかまず把握します。

満足している場合には健康障害発生リスクは許容できる範囲内と考えられるため、健康診断は不要と判断しえます。

逆に、ばく露の程度がコントロール不十分で健康障害発生リスクが許容できる範囲を超えていると判断される場合には、健康診断が必要と判断できます。

 

 

このように第3項健診とは、リスク低減措置が不十分であった結果、健康障害発生リスクが許容される範囲を超えると判断される場合であり、図1でいうならば右下の部分に該当する労働者に対して受診させることが適切です。

加えて事業者に対して、安衛則第 577 条の2第1項および第2項に記載された事項を誠実に遂行すること、すなわち「化学物質による労働者のがん、皮膚炎、神経障害その他の健康障害を予防するため、労働者が当該化学物質にばく露される程度を最小限度にする(濃度基準値があれば基準値以下にする)」よう事業者に指導・助言することも忘れてはなりません。

 

いわゆる特殊健診の実施頻度を一定条件下で自律的に減らすことができるようになったものの、特化則や有機則等の特別則で、いわゆる特殊健康診断が義務付けられている物質については従来通り特別則が適用され、引き続き実施が必要です。

 

短時間濃度基準値については、「労働安全衛生規則第 577 条の2第2項の規定に基づき厚生労働大臣が定める物および厚生労働大臣が定める濃度の基準」(令和 5 年 4 月 27 日 厚生労働省告示第 177 号)では、事業者の努力義務として以下が示されています【図4】。

① 8時間濃度基準値および短時間濃度基準値が定められているものについて、当該物のばく露における 15 分間時間加重平均値が8時間濃度基準値を超え、かつ、短時間濃度基準値以下の場合にあっては、当該ばく露の回数が1日の労働時間中に4回を超えず、かつ、当該ばく露の間隔を1時間以上とすること。
② 8時間濃度基準値が定められており、かつ、短時間濃度基準値が定められていないものについて、当該物のばく露における 15 分間時間加重平均値が8時間濃度基準値を超える場合にあっては、当該ばく露の 15 分間時間加重平均値が8時間濃度基準値の3倍を超えないようにすること。
これらの短時間濃度基準値は主に急性障害を回避するための目安であり、これが満たされている場合、呼吸域の濃度は努力義務の濃度基準を満たしていると判断できます。以上の場合、第3項健診は不要と判断して構いません。

 

 

【第4項健診】:安衛則第 577 条の2第4項で規定される健康診断

 

濃度基準値を超えたばく露を労働者が受けた可能性がある場合、健康障害発生リスクは許容できない水準にあると考えるため、当該リスクアセスメント対象物による健康影響の有無を速やかに確認するために第4項健診を確実に実施する必要が出てきます。その第4項健診の実施是非判断には、労働者の受けた実際のばく露の評価は避けられません。化学物質による健康影響には、一般的に量−影響関係が認められると仮定しえます。実際のばく露の程度に比して想定される健康影響も変化するものと考えられるため、産業医は可能な限り、実際のばく露に関する情報を収集し、想定すべき健康影響を明確にして、それに適した問診・診察・検査を行う必要性が生じます。このような場合の健康障害発生リスクを評価する上で以下の項目に関する事前情報収集が重要です。

当該化学物質を取扱う労働者本人に対する情報提供の内容の例
1. 当該化学物質の名称
2. 当該化学物質により発生し得る健康障害の種類とその症状
3. 当該化学物質の取扱い上の注意事項
4. 当該化学物質を取扱う時に使用すべき局所排気装置等および保護具等
5. 当該化学物質による健康障害が発生した時の応急処置
6. 当該作業に関する最新のリスクアセスメントの結果
7. 当該作業に関する管理体制(責任者等)

 

健康影響の有無や種類等の把握方法

・化学物質メーカーや商社発行の SDS。

・濃度基準値が設定されている物質は、厚生労働省が毎年公表している「化学 物 質 管 理 に 係 る 専 門 家 検 討 会 」 報 告 書 ( 令 和 4 年 度) ( 令 和 5 年 度)に濃度基準値設定根拠となった臨界影響(その物質により発生する健康影響のうち最も低いばく露濃度で発生する影響)に係る健康有害性情報が掲載されています。

・厚生労働省 「 職 場 の あ ん ぜ ん サ イ ト 」 中の「 モ デ ル SDS 情 報 」も参照先です。

・製品評価技術基盤機構提供 GHS政府分類結果 

濃度基準値を超えたばく露を労働者が受けた場合には、労働者個々のばく露量に応じた個別対応が原則であり、かつ可能な限り速やかに行う必要があります。なお、安衛則第 577 条の2第4項では第4項健診の対象者は「第2項の業務に従事する労働者」となっていて、条文から「常時」が外れており、第3項健診の対象者よりも幅広く対象とされていることに留意すべきです。これは事故等による一過性のばく露も対象としているからです。

なおガイドラインでは 以下のような場合に第4項健診を実施するものとしています。

第4項健診を実施する場合の例

・ リスクアセスメントにおける実測(数理モデルで推計した呼吸域の濃度が濃度基準値の2分の1程度を超える等により事業者が行う確認測定の濃度を含む。)、数理モデルによる呼吸域の濃度の推計又は定期的な濃度測定による呼吸域の濃度が、濃度基準値を超えていることから、労働者のばく露の程度を濃度基準値以下に抑制するために局所排気装置等の工学的措置の実施又は呼吸用保護具の使用等の対策を講じる必要があるにも関わらず、以下
に該当する状況が生じた場合

① 工学的措置が適切に実施されていない(局所排気装置が正常に稼働していない等)ことが判明した場合

→確認測定を臨時で行い、呼吸用保護具の適切な使用でばく露の程度が工学的措置の破綻時から濃度基準値以下に抑えられていたと判断されれば第4項健診は不要です。

② 労働者が必要な呼吸用保護具を使用していないことが判明した場合
③ 労働者による呼吸用保護具の使用方法が不適切で要求防護係数が満たされていないと考えられる場合
④ その他、工学的措置や呼吸用保護具でのばく露の制御が不十分な状況が生じていることが判明した場合

②③④は、呼吸用の労働衛生保護具の使用や活用が不適切だった場合を意味します。呼吸域の濃度が十分に下げられていない状況において、これら呼吸用保護具に頼ることは、不適切な使用があれば第4項健診の対象に当然なります。

・ 漏洩事故等により、濃度基準値がある物質に大量ばく露した場合
注)大量ばく露の場合は、まずは医師等の診察を受けることが望ましい。

健診の検査項目設定について

① 現行の特殊健康診断を参考としつつ、スクリーニングとして実施する(一次)検査と、確定診断等のための(二次)検査との目的の違いを認識し、リスクアセスメント対象物健康診断としてはスクリーニングとして必要と考えられる検査項目を実施する必要があります。
② 労働者にとって侵襲が大きい検査項目や事業者にとって大きな経済的負担となる検査項目は、その検査の実施の有用性等に鑑み慎重に検討、判断すべきです。具体的には対象者全員に一律に一次検査として内視鏡検査、CT、MRI、PET-CT等 侵襲や費用負担の比較的大きい検査を、いわゆる「ルーティーン」で行うことは望ましくありません。

詳しくは

メンタル産業医発|「化学物質の自律的な管理における健康診断に関する検討報告書(追補版)」解説 | 健康経営ならメンタル産業医の合同会社パラゴン