健康経営に長けたメンタル産業医で知られる合同会社パラゴンによるストレスチェック制度構築。シニア産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、特定社会保険労務士と、集団的分析結果を踏まえた働きやすい職場環境形成支援サービスを提供し始めました。
そこで冒頭で集団分析についておさらいをします。
1.集団分析<概況>
企業における受検者のストレスチェック結果を集計することで、その企業全体や部署毎、入社年度別、中途社員ごとといったように、様々な切り口で、その集団とその企業全体との比較といった分析を通じて、労働負荷の影響を把握し、対策を検討する基礎資料として活用することが可能になります。これら組織分析結果は、これまでに得られている全国統計をベンチマークとしてそれと比較することで、「働きやすさ」という観点からの全国と比較した位置付けが把握できるようになります。この集団分析は全国統計との比較結果からみて、どのような対策を執ったらより働きやすくなるのかまで考察できることから、職場環境改善が容易になるというメリットがあるにも関わらず、事業者に対する義務とはなっていません。当シリーズを開始した2015年12月には詳細な集団分析は5万円に加え、部署別分析は3千円も請求する業者がありましたがこの時期、集団分析は無償化で実施することが当たり前のようになっています。そこで職場環境改善対策にて、労働者にとっていきいきと働きやすく活力あふれる快適職場の形成が可能となることから、著者の契約先にはもれなく実施を勧めています。
2.集団分析の目的
事業者は、「実施者」にストレスチェック結果を、受検者数10人以上で構成される集団単位ごとに集計・分析させ、職場環境を改善する基礎資料として活用することが期待されています。
次に95%信頼区間という統計学的な有意性の観点から考えてみます。偶然という要素を排除するために厳密にするには20人以上で構成される集団単位ごとの集計・分析の実施が望まれるものの、マニュアルでは、以下のようにあいまいな要素を含めても構わないとしています。
ここでの10人とは、個人の特定やプライバシーへの配慮から、部署の実人数ではなく実際に受検した人数で計上しなければなりません。例えば、対象とする集団に所属する労働者の数が10 人以上であっても、その集団のうち実際にストレスチェックを受検した労働者の数が10 人を下回っていた場合は、集団的な分析結果を事業者に提供してはいけないといわれていましたが、それは過去のこと。数人単位での分析も実際、行われています。「集団ごとの集計・分析の方法として、例えば、職業性ストレス簡易調査票の57 項目の全ての合計点について集団の平均値だけを求めたり、「仕事のストレス判定図」を用いて分析したりするなど、個人特定につながり得ない方法で実施する場合に限っては、10 人未満の単位での集計・分析を行い、労働者の同意なしに集計・分析結果を事業者に提供することは可能です。ただし、この手法による場合であっても、2 名といった極端に少人数の集団を集計・分析の対象とすることは、個人特定に繋がるため不適切です。
プライバシーへ配慮を厳格にしつつ、高ストレス者の多く出現した部署については、当該部署の業務内容、労働時間、そして集団分析から導き出される「職場のストレス要因」・「心身のストレス反応」・「周囲のサポート」を付け合せてみましょう。また、低ストレス者の多い部署については、どうして低ストレス者が多いのか背景を分析し、そして職場のことをよく知る衛生管理者や産業医、もし得られない場合には外部の労働衛生コンサルタントから協力を得ることにて対策が必要な部署の評価・抽出を行ったり、優れている部署からその優れた背景を確認して横展開したりと、働きやすい職場環境支援の根拠として活用することが可能になります。なお、「職業性ストレス簡易調査票」を用いる場合には、無料で使える「仕事のストレス判定図」が開発されています。とはいえこれらの調査票と判定図が開発されたのは平成7年頃の話です。質問内容が仕事に偏っているため、仕事を与える会社側に責任が集中しかねない内容に元からなっています。ましてや管理職の管理について尋ねる項目もあります。部下の主観だけで管理職の管理力を評価することになってはならないことにも留意が必要です。
3.集団分析の結果例
「職業性ストレス簡易調査票」を用いる場合に使える「仕事のストレス判定図」の結果は以下が一例です。
上の図は、「仕事の量的負担-仕事の裁量」判定図といい、自分で仕事をコントロールできるかどうかという「仕事の裁量度」と「仕事の量的負担」の関係を表しています。「仕事の裁量度」は低いほど、ストレスが高くなります。「仕事の量的負担」は、高いほどストレスは高くなります。あわせると、右下に行けば行くほどストレスは高くなっていくことを示しています。
「仕事の量的荷重と仕事の裁量」判定図から、図上に記号で示されている標準集団の値(これまでの調査における平均値)とくらべて、この職場の仕事量と仕事の裁量の特徴が判定出来ます。仕事量が高いほど、また仕事の裁量が低いほど、仕事上のストレスが生じやすい環境にあると考えられます。
判定図上の斜線は、仕事のストレスの特徴から予想される心理的ストレス反応や検査の異常値、病気の発生などの健康問題の危険度(健康リスク)を、標準集団の平均を100とした数値で示しています。120のライン上に職場の平均点が乗っている職場では健康問題が20%多く、80のライン上では、20%少なく発生すると推定されます。
職場の平均点がどのライン上に乗っているかから、健康リスクの数値を読みとってください。今回は93点ですが、点がラインとラインの間に位置している場合には、中間値を読みとってください。平均点が100のラインと120のラインの間で、120のラインからラインの間の距離の1/4だけ100のラインに近い場合は、115[=120-(120-100)÷4]と読みとります。この判定図では、点が右下にあるほど仕事のストレスが高く、健康問題が起きやすいと予想されます。得られた値が、仕事の量的荷重と仕事の裁量の組み合わせから予想されるその職場の「仕事のストレスによる健康リスク」となります。
下の図は、「上司の支援-同僚の支援」判定図といい、職場内での「上司の支援」と「同僚の支援」の状態を示しています。「上司の支援」も「同僚の支援」も低いほど、ストレスは高くなります。あわせると、左下に行けば行くほど、ストレスは高くなっていくことを示します。
下の「上司の支援-同僚の支援」判定図から、「仕事の量的荷重と仕事の裁量」判定図と同様に、この職場の平均点が判定図のどの斜線(ライン)上に乗っているかを見て、健康リスクの数値を読みとります。今回は118点です。平均点がラインとラインの間に位置している場合には、中間値を読みとってください。得られた値が、上司の支援および同僚の支援の組み合わせから予想される「健康リスク」の値となります。
「仕事の量的荷重と仕事の裁量」判定図で読みとった健康リスクと、「職場の支援」判定図で読みとった健康リスクを総合して、この職場の仕事のストレスによる健康リスクを計算するには、この2つの健康リスクをかけ算し、100で割ります。例えば量と自由度判定図で110、職場の支援判定図で120の値が得られている場合には、総合した健康リスクは132(=110×120÷100)となります。今回は110になっています。
以上のように判定図から得られた健康リスクは、現在の職場の仕事のストレス要因が、どの程度従業員の健康に影響を与える可能性があるかの目安となるものです。健康リスクがいくつを越えれば対策が必要かという基準はありませんが、現状よりも健康リスクを少しでも低下させる努力が必要です。例えば健康リスク120は、従業員のストレス反応(ゆううつや不安)、医療費、疾病休業が通常よりも20%多く発生すると予想される状態です。対策によって健康リスクを100(平均程度)あるいはさらに改善できれば、従業員、事業所および健康保険組合にとって大きな利益があると予想されます。健康リスクが150を越えたケースでは健康問題が顕在化している例が多く、早急な改善が必要な状態と思われます。
☆健康リスクを低下させるために、職場環境、作業内容あるいは職場組織の改善によって仕事のストレス要因を減少させることが必要です。特に、判定図において標準集団よりも問題である(仕事の量的荷重の場合はより多い場合、その他の場合はより低い場合)ことがわかった要因について対策を進めることがポイントになります。
4.集団分析結果の解釈例
回答があくまで受検者の主観の合計であることを念頭におきながら、判定図から評価された職場の特徴を参考にして、まずはその職場のストレス問題の特徴について見当をつけます。例えば、仕事量の割に、仕事の自由度が少ないなどです。
次に、実際の職場において、それが具体的にはどのような問題として生じているのかを実地調査します。実地調査の方法には、判定図の結果をもとにした産業医や衛生管理者の職場巡視、職場上司および労働者からのヒアリングなどがあります。これらの情報をもとに、可能性のあるストレス要因として、できるだけ具体的な内容をリストアップします。例えば、生産ラインの作業スピードが早く、短時間でもラインを離れることが困難であり、トイレにいくことも難しい、などです。問題は、①仕事の量や複雑さの問題、②仕事上の自由度(コントロール)や裁量権の問題、③職場の人間関係やサポートシステムの問題に分けて整理すると良いでしょう。
リストアップされた問題1つ1つに対して、職場上司、産業医、衛生管理者、人事・労務担当者などが相談の上、実行可能な改善計画をたてます。従業員が参加できるようにするとさらに効果的な対策が立案できます。
計画ができあがったら、実行します。実行後は計画どおりに実行されているか、実施上の問題はおきていないか、進捗状況を定期的に確認します。対策が完了したら、できるだけ効果を評価しておくようにしましょう。ただし、医療費や疾病休業などに対する効果があらわれるには通常数年の観察期間が必要です。
5.パターン別のストレス対策のヒント
イ:「仕事の量的負担」が多い場合
仕事の量的負担への対策は、生産性と結びついていない余分な作業を改善によって減少させることで可能になります。例えばフォークリフトによる「はさまれ、巻き込まれ」事故が相次いでいる場合を考えてみましょう。運転手の作業状況を職場巡視にて確認してみると、フォークリフトが規定を超える速度で走行している場合があります。その運転手に確認すると「気が急いていた。」との返事でした。本人は一生懸命、仕事をしているつもりでも、実際には危険走行を生む原因となってしまっていることになっていたわけです。
また、仕事の進行に障害があると、仕事の量的な負担感が増加します。このような場合には、作業が円滑にできるよう作業方法を改善することが大事な対策になります。逆に、仕事量が多いはずなのに「仕事の量的負担」が低めであった場合には円滑に仕事が進む環境が整っているといえるでしょう。
実質的な労働時間が一日10時間(週労働時間で50時間相当、月残業時間で50-60時間相当)以上にならないような計画をたて、効率の良い作業方法を工夫しましょう。
ロ:仕事の量に比較して仕事の裁量(自由度や裁量権)が低い場合
仕事の裁量を増やすということは、「個々人の能力を活用できる機会を作る」ことです。仕事の量的な負担や困難に対して、個々の従業員または作業グループが自ら問題解決できる機会を作るといったように、仕事のすすめ方や権限、職場環境の改善など、職場での意志決定に従業員が発言できる機会や自由度を増やすような工夫をしましょう。
仕事の目標、作業の見通し、作業の位置づけなどの情報がメンバーにきちんと伝えられることによっても、従業員の仕事の裁量(自由度)は改善します。
OJTや技能研修なども、仕事の裁量を増やすことにつながります。
ハ:上司あるいは同僚の支援が低い場合
上司の支援は、上司が多忙のために報告・調整がしづらくなり低下する場合があります。また、トラブルが多い職場では上司の支援の必要性が増大して、相対的に上司の支援が低くなる場合があります。従業員が必要なときに上司に円滑に報告・相談ができているかどうかに注意しましょう。
職場グループ内の連絡会議の回数を増やして情報や問題を共有することも、上司や同僚の支援を増やすために効果的です。サブリーダーなどを設置して、上司の支援機能を代行できるように工夫することも一つの方法です。
職場内のレイアウトや分散職場であることが、上司や同僚の支援を低下させている場合があります。コミュニケーションが円滑にできるような職場レイアウト(例:コックピット式)やオフィス・作業所の配置を工夫しましょう。
不公平感は、職場の人間関係を損ね職場の支援を低下させる大きな原因です。上司から従業員へのきちんとした説明、オープンで公平な態度によって不公平感が生じないように留意しましょう。
管理監督者へのストレスに関する知識や部下への対応法の教育・研修によって、上司の支援を増加させることができます。
【実施事例】
「職業性ストレス簡易調査票を用いたストレスの現状把握のためのマニュアル―より効果的な職場環境等の改善対策のためにー」 を元に 現代向けに著者が改訂
事業場外資源が加わって個人へのアプローチを中心にストレス対策を実施している事業場の例
- .業種:電気・ガス・水道業
②.事業場の規模:正労働者約700名
③.産業保健スタッフ:産業医1名(嘱託)、看護師2名。
④.ストレスチェック実施までの経緯
元々生活習慣病対策、交替制勤務による健康障碍の防止のための講演会等、産業保健活動が活発な事業場。健康支援室からの支援の一環としてメンタルヘルスケアを重点領域に掲げ、全社的にストレスチェックを行うことになった。
⑤.メンタルヘルスケアの実施の主体 事業場外資源(大学在籍の労働者の健康づくり活動をサポートする医師)ならびに健康管理室(産業医、看護師)
⑥.調査票の実施方法
健康管理室より、健康診断時期にあわせて、事業場において個人のストレスの気づきを目的としたストレス対策を推進することを書面で伝え、調査票を配布した。調査票は、健康管理室より部署を経由し、個人宛てに密封可能なシール付き封筒とともに配布され、各人が記入後、厳封の上部署ごとに回収。調査票は記名式。データ集計は事業場外資源において実施。
⑦.結果のフィードバック、調査結果概要とその後の対応
⑦-イ)個人へのアプローチ
ストレスチェックの実施から約2週間以内に、表形式とレーダーチャート形式のストレスプロフィールおよび、結果内容を「仕事のストレス要因」、「心身のストレス反応」に関してパターン化して個人毎に総合的に解説した文書を、厳封のうえ返却した。また、全員の結果を担当医師が目視により観察した後、「心身のストレス反応」の高い従業員を回答者の5%の人数リストアップし、健康支援室より連絡をとり、一人当たり20~30分の面談をおこなった。
面談を行った労働者の中には、仕事上のミスで生じた多大な損失により、部署全体がほとんど休暇を取れないような状態にあり、仕事の量が著しく多く、それをコントロールできないことに対して、“(自分が)仕事ができないからだ、能力がないからだ”と訴え、涙ぐむ様子が見られ、寝付くことがなかなかできない、寝付いても熟眠感がない、ひどい頭痛がおこる、などを訴える労働者があった。
この事例に対しては、事業場外資源の面談担当者から健康支援室への相談をすすめ、睡眠導入剤の処方や、精神神経科担当の産業医との面談を進めるという対策がおこなわれた。
⑦-ロ)職場へのアプローチ
組織図を参考に、各部署について、仕事のストレス判定図を事業場外資源において作成し、看護師の判断で必要と考えられる部署のマネージャーを対象に面談を実施した。
上記のプロフィールを示した労働者の部署の仕事のストレス判定図は、量―コントロール判定図による健康リスクが141%、総合健康リスクが151%と高値を示していたことが以下出典の22ページから確認できます。マネージャーが、具合の悪くなる者は弱い者だという考え方を持っている、という印象を産業看護職が受けていたことから、事業場外資源のスタッフによるマネージャーとの面談の機会の設定を試みたが、先方の多忙を理由に実施できなかった。その後、産業医および産業看護師を通じて、面談対象者の担当マネージャーへの対応を、心のケアの重要性について面談を通して理解をすすめる方法で対策が実施することで解決をみた。
6.集団分析を実施する際の注意事項
集計結果が対象となった集団の管理職の評価に繋がってしまっては管理職の不利益になってしまいます。したがって指針では、「事業者は、当該結果を事業所内で制限なく共有してはならない」としています。
集団分析結果の取扱いについては、衛生委員会にて事前に十分な審議を経た上でその事業場における取扱いを決めておく必要があります。
7.派遣労働者の取扱い
コールセンターや顧客対応窓口といった職場は、今や正規労働者ではなく派遣労働者がその構成の大半を占める場合が多くあります。また、派遣元も複数の派遣業者から受け入れている場合が少なくありません。集団分析の実施は義務ではありませんが、人不足時代、働きやすい職場であると説明できないと、必要な派遣社員を出来ない時代になっています。従って著者は、派遣元ではなく派遣先で集団分析を受ける機会をも受けてもらうよう調整をはかるよう提案しています。その場合、派遣労働者は、法に基づく義務として派遣元が実施するストレスチェックと、集団ごとの集計・分析のために派遣先が実施するストレスチェックの両方を受けることになります。派遣労働者は、通常の労働者よりも受検の回数が増えることになります。その負担軽減のためには「職場環境の改善のためには派遣先のストレスチェックを受けてもらうことも重要だ」と派遣労働者に対して趣旨を十分に説明し、理解を得るようにしてもらいます。また、派遣先で実施する派遣労働者に対するストレスチェックは、個人対応ではなく、集団ごとの集計・分析のためだけのものなので、
イ:無記名で行う
ロ:「仕事のストレス判定図」を用いる場合は集団分析に必要な「仕事のストレス要因」及び「周囲のサポート」についてのみ検査を行うという工夫を加えることで、負担が軽減できます。
なお 派遣労働者を対象とした派遣先事業場でのストレスチェックの実施においては、派遣元事業者と協議し目的や手順について合意すること、安全衛生委員会などで個人情報の取扱い方針を定めることも重要であること、忘れてはなりません。
ストレスチェック指針により、派遣先事業者による派遣労働者への合理性のない不利益取扱は当然に禁止されています。
8.心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書
労働安全衛生規則第52条の21にて「常時50人以上の労働者を使用する事業者は、1年以内ごとに1回、定期に、心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書(様式第6号の2)を所轄労働基準監督署長に提出」しなければならなくなりました。
報告書には実施者の背景、受検者数、面接指導担医の背景、面接指導者数、集団分析実施の有無については、以下のOCIR 帳「心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書」を使用しなければなりません。報告様式は以下の出典に掲載されていますので、ご活用ください。
出典:厚生労働省.心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書
ストレスチェックを複数月に亘って行った場合には、「検査実施年月」欄には最終月を記載します。
報告書の提出時期は、各事業場における事業年度の終了後など、事業場ごとに設定して差し支えありません。
部署ごとに順次行うなど、年間を通じてストレスチェックを行っている会社では、検査は暦年1 年間での受検者数を記入し、それに伴う面接指導を受けた者の数を報告してください。
ストレスチェックの実施義務や実施状況の報告義務がある「常時50 人以上の労働者を使用する事業者」に該当する否かを判断する際には、パート労働者や、受け入れている派遣労働者も含めて事業場の労働者の数を数えます。一方、様式第6 号の2 の「在籍労働者数」欄には、ストレスチェックの実施時点(実施年月の末日現在)でのストレスチェックの実施義務の対象となっている者の数(常時使用する労働者)を記載する必要がある(1週間の所定労働時間数が、通常の労働者の3/4 未満であるパート労働者タイム労働者や、派遣先における派遣労働者は含めない。)ので、注意してください。
受検者数等が少なくても企業が罰せられることはないとされています。しかしながら定期健診結果については、有所見率が高い場合などは臨検の対象となる可能性が高まるかのように理解できる通達(平成22年3月25日基発0325第1号)が発出されています。
通達には「有所見率が全国平均よりも高い又は増加が大きい事業場や業種等の集団に対して、周知啓発を行うとともに、脳・心臓疾患関係の主な検査項目の有所見率や取組状況等を踏まえ、特定の事業場に対しては、事業者の理解を得た上で、重点的に、取組の要請等を行い、成果の普及を図ります」とあり、この先、ストレスチェック結果についても“重点的に、取組の要請等”が行われる根拠になってもおかしくはありません。著者が収集した情報では、6割は受検者が出ていました。たた受検者を出せばよいというわけではありません。無理に受検者数を上げようとした事例では、面接医を希望する社員が皆無になったところがあります。
以上、ストレスチェック制度活用を基盤とした健康経営に長けたメンタル産業医で知られる合同会社パラゴン(東京都港区)が解説しました。
以下に、集団分析の結果の解析 応用方法を追記します。
0-①.前年度の結果との組み合わせ事例
組織結果を返却する際には部単位での返却には、他の部を匿名化して自部と比較できるように、課単位での返却には、他課を匿名化し自課と比較できるように、係単位では他係を匿名化して自係と比較できるようにした上で、かつそれぞれ、前年度の結果、会社全体の平均を返却するようにしている事業所がありました。結果の見方についての解説や集団分析結果も添付することで、返却を受けた部署の責任者は、前年度からの変化とその事業所内での相対的位置も把握可能になります。
0-②.実施時期の工夫例他
「職業性ストレス簡易調査票」による組織評価は、受検した方における3領域・・・【仕事の量的負担感】【仕事のコントロール感】【上司からの支援感】【同僚からの支援感】から導かれる『職場の感覚的ストレス度』といえましょう。「感」や「感覚」をつけたように、あくまで受検者本人の主観に基づいた結果が元になっています。それらに対して職場ごとの基準にて医師による面接が必要と考えられる労働者を「高ストレス」だと区分し、その労働者に対して医師との面接にて続けて仕事をさせて良いのかの判断を仰ぐ流れでした。
以上の流れでは受検者の心の変調を、恣意的要素を排除した上で、すなわち客観的に把握するには限界があります。むろん、「高ストレス者」のうち、実際に医師による面接後、精神科からの専門的支援や就労支援が必要だと判断された場合には、「応急処置」を講じえたものと捉えられましょう。しかし そもそも このストレスチェックは、法定上は年に一度の実施でしかありません。その限界に対する対応例を紹介します。
①疲弊困憊した社員を把握するために、決算後に実施する企業があります。“面接医が足りなくなるよ”と心理的錯誤に陥らされた結果EAP業者の言いなりになり、当初は2016年度内の早い時期に、かつ労働者健康福祉機構 産業保健・賃金援護部による『「ストレスチェック」実施促進のための助成金』制度の説明もなく、従って2015年度の申請さえ知らずに実行させられようとしていたところがありました。こちらのアドバイスにて、決算後にストレスチェックを実施するよう時期を変更しました。結果として、定期健診実施時期の半年後の実施となり、定期健診の事後措置と重なることもなくなりました。社員の方も、半年ごとの体と心の健康診断だという位置づけでの理解が進みました。
・人事異動の影響を把握するために、人事異動前後で定量把握する企業があります。
職場ごとの高負担時を狙って実施するものでもありません。「職業性ストレス簡易調査票」の限界を補うツールの活用も必要でしょう。
従って、次項からはそれらを紹介します。
1.『メンタルヘルス改善意識調査票』との組み合わせ事例
① 『メンタルヘルス改善意識調査票 [MIRROR]』 とは
労働者側が望む職場環境を知る手段として、『メンタルヘルス改善意識調査票 [MIRROR]』の活用があります。
このMIRRORは、マニュアルでも取り上げられていますが、【指示系統(指示の明瞭さ、相談機会の充実)】【労務管理(業務配分や勤務時間への配慮の充実)】【連携協力(部署内・部署間での協力の充実)】【研修機会(研修・訓練の内容や機会の充実)】という、健康問題の発生リスクを低減し、かつ職場の活性化を促すという、職場改善の鍵となる4部構成で成る尺度です。
職場環境と事業者、そして労働者で構成されている職場が、実際に有機的に機能しているのかどうかの把握が可能です。
またこのMIRRORを使うと、受検者の改善要望を要望率の高い順から把握可能となっています。
「改善を望む割合が多い項目は下記の通りです。」を掲載
この職場では、「人の配置や仕事量の割り当てが適切に行われ、特定の人に負荷が偏らない」状態に改善してほしいことを望んだ方が受検者のうち92%にも上っていることを示します。仕事量の平準化や業務担当の再検討について協議することが改善のきっかけとなりましょう。
② MIRRORの利用方法
「職業性ストレス簡易調査票」から導かれる「健康総合リスク」を横軸に、MIRRORから導かれる「メンタルヘルス風土」を縦軸にとり、調査対象職場の点数をプロットすることで、その職場の特性が把握可能になります。
上図がその概略です。
「健康総合リスク」100が全国平均なので、そこに縦軸を、
「メンタルヘルス風土」50が全国平均なので、そこに横軸を配置しています。
A群:「健康総合リスク」が全国平均より高く、かつ「メンタルヘルス風土」が全国平均より劣る群です。
「健康総合リスク」が全国平均より高いとは、仕事の負担を高く感じているか、または仕事のコントロール感が低いと感じているか、または上司、もしくは同僚からの支援感が低いという要素らについて、全国平均より劣っている職場だとの認識が受検者からなされていることになります。
「メンタルヘルス風土」が全国平均より劣るとは、その職場の働きやすさを維持する仕組みが機能不全に陥っている危惧があることになります。
以上、二つの軸、双方共に全国平均より悪いことから、一番危ない職場であるとの位置づけがなされます。
B群:「健康総合リスク」は高くないものの、「メンタルヘルス風土」が全国平均より劣ることから、働きにくい職場と認識されていながらも、仕事にまつわるストレスを高く感じるまでには至っていない状況という解釈ができます。
C群:「健康総合リスク」も低く、「メンタルヘルス風土」も良好な群です。
D群:「メンタルヘルス風土」は良いものの、「健康総合リスク」は全国平均より劣っている状況です。
③ MIRRORによる良好職場の拡大
とりわけA群、そしてB群もD群(通称:BAD群)も全てC群に位置づけられるようになれば良いことがわかりました。そのために大切な視点があります。間違いがちな方法が、特にA群の管理職や上司を、あたかも「魔女狩り」よろしく、理由を挙げさせ、糾弾することです。この姿勢がよろしくないことは、イソップ寓話「北風と太陽」が示しています。かつ間違いであることは、集団心理学が示しています。山本五十六も、「褒めてやらねば人は動かじ」と、行動変容の極意を述べていました。したがって、C群に位置づけられた職場を「グッドプラクティス」として位置づけ、良好な理由や要因を抽出し、それらを他の職場に横展開し、他の職場にそれらのうち利用可能な方法を選択してもらい、その実施状況をモニターリングしていくような落とし込みが肝要になります。BAD群の管理職の中には、“すでにやっている”と反発を示す者が出るかもしれません。確かにグローバル社会の中、乾いた雑巾を絞るような原価低減活動を推進する中、懸命に同僚や部下とコミュニケーションをとろうとされていることは事実でしょう。ただ、コミュニケーションは相手に伝わってこそのです。「労働」という字は、「労(ねぎら)うと人は動く」に分解できます。部下が、どのように感じているのか、上手にその管理職の気持ちを部下に伝えるにはどうしたら良いのか、考えてもらう工夫も必要になるでしょう。
2.『新職業性ストレス簡易調査票』の利用例
病気を治したからといって健康が増進されるわけではありません。単に病気ではなくなっただけに過ぎません。健康増進には病気の治療体系とは異なった栄養学や運動生理学体系に基づいた健康増進が必要になります。日本産業衛生学会が産業医専門医制度を構築したのは、従来の治療体系とは異なる実践体系の合理的伝達のためでした。メンタルヘルスにおいても同様です。メンタル不調を投薬や休養にて治したからといって、心が健康になるわけではありませんし、ストレス耐性が向上することはありません。メンタル不調ではなくなったに過ぎません。傾聴法しかしない精神科医による加療やカール・ロジャーズによる指導を守る“ロジャリアン”と呼ばれるカウンセラーによるカウンセリングを経る場合が該当します。従って、精神科医でなければ産業精神保健を担えないということにはなりません。メンタル面での健康増進には、「ポジティブメンタルヘルス」が一つの表現形ですが、精神科医療での治療体系とは異なった心理学体系に基づいた健康増進が必要になります。幸福、達成感、使命、満足、やりがいといった概念についても測定や解釈が可能になり、それらを取り扱う「ポジティブ心理学」という学問体系が形成され始めて今年で17年になります。労働者がいきいきと活性にあふれ、同僚と互いの信頼感や協働関係、一体感を測定できる尺度「新職業性ストレス簡易調査票」も開発されました。現行の57項目の「職業性ストレス簡易調査票」に追加して使用します。「標準版」だと63項目が追加され全120項目の調査票になります。「推奨尺度セット短縮版」だと23項目が追加され全80項目になります。この「新職業性ストレス簡易調査票」では、仕事の負担に関する尺度を拡張して情緒的負担や役割葛藤が測定できるようになったと同時に、仕事の資源に関する尺度として、作業レベル(仕事の意義、役割明確さ、成長の機会など)、部署レベル(仕事の報酬、上司のリーダーシップなど)、事業場レベル(経営層との信頼関係、人事評価の公正さ、個人の尊重など)を追加し、職場環境要因をより広く測定できます。また労働者の仕事へのポジティブな関わり(ワーク・エンゲイジメント)、職場の一体感(職場のソーシャルキャピタル)、職場のハラスメントも測定可能です。また、「新職業性ストレス簡易調査票」は、組織レベル(事業場や部署)での評価を主目的としています。「新職業性ストレス簡易調査票」からのフィードバック様式は、現在のところ組織レベル用(事業場や部署別集計)のみが作成されています。その結果については2010年時点での全国の標準データとの比較評価のみが可能です。
“この 「新職業性ストレス簡易調査票」をストレスチェックの質問票にして欲しい”と希望する企業は多くあります。実際、提供しているところも複数、確認されています。一つ注意して欲しいことがあります。それは、「高ストレス者」の抽出基準選定です。“旧”職業性ストレス簡易調査票を用いた「高ストレス者」の抽出基準ですら、厚生労働省検討会では統計学に基づいた検定の意味するところを踏まえなかったため、混乱を呼びました。すなわち、偶然という要素に基づく誤差は、20人に1人未満に抑えることで医学は発展してきたのに、その要素を棄却し、いわゆる10%基準が一例として示されたことを意味します。読者の中には、読んでいて、“?”な方もいらっしゃるでしょう。そういう方は、このあたりに精通しているのは疫学や医学統計学を学んだ方がきちんと評価したサービスなのか、確認をしましょう。
- 「ワーク・エンゲイジメント」とは
心身が健康で活力にあふれ、仕事に積極的に関与できると、生産性は高まります。「熱意」を持って仕事をしているため、やりがいやわくわく感があふれ、「没頭」というように仕事に熱心に取り組む態度を示し、楽しく仕事に取り組めるのでいきいきと仕事をするという「活力」に満ちた状況を示します。そのためには、産業保健部門と人事労務部門とが協働し、部署単位から労働者が働きやすくなる支援(例:リチーミングという人間関係改善、適性に応じた適正な業務配分、管理職のコーチングスキルを向上させたチームマネジメント力向上、会社としてのキャリア・コンサルティング力の増強等)の提供や具現化が求められています。
- 「健康いきいき職場」づくりとは
労働者のメンタルヘルス不調の新しい一次予防対策として「健康いきいき職場」づくりが始まっています。「健康いきいき職場」づくりでは、健康の保持・増進に加えて労働者のいきいき、職場の一体感の増進を目標に加え、組織資源を高める対策を実施することで、職場におけるポジティブなメンタルヘルスを実現しようとする活動です。「健康いきいき職場」づくりはこれまでの職場のメンタルヘルス対策に置き換わるものではありませんが、これを補完し拡充するものとして期待されています。「健康いきいき職場」づくりは、下図のような「健康いきいき職場」モデルに従って推進されます。「新職業性ストレス簡易調査票」をこのモデルに記載された職場環境要因やアウトカムを測定できるように作成されています。
新職業性ストレス簡易調査票について.doc より引用
仕事の負担の軽減や仕事の資源の推進が労働者の健康や満足、幸福に貢献するだけではなく、企業・組織の生産性、業価値の向上や持続的発展へ寄与することが期待されています。
実際に取り入れた企業の実施例は川上 憲人らによる「健康いきいき職場づくり」 (生産性出版 2014年刊行)に記載されています。
3.労働生産性尺度の利用例
労働生産性を高く維持し、もしくは挙げることは重要な経営課題です。労働者の不健康状態は欠勤や「プレゼンティイズム」と呼ばれるパフォーマンス低下と強く関係しています。労働者の健康度と労働生産性との関係性の調査はAetna社(アメリカの医療保険会社)でも2003年からと開始されてからまだ日が浅いです。Integrated Benefits Instituteによる「Workforce Health and Productivity」というアメリカの複数企業における労働生産性に関する調査報告書によると、管理職の支援、社内の健康文化、福利厚生制度の充実さが生産性と関係していることがわかったとしています。
キャタピラー社の場合、帰属度と生産性とは強い相関があることが判明したため、帰属度を高める投資を行ったところ、社員に対する健康投資により、医療費の増加率を8年にわたって1%以下で抑えられることにまで成功しています。
アメリカンエクスプレス社の場合、社員の健康への気配り・心配りこそが、高い生産性を育むという理解がなされています。
ダウ・ケミカル社の場合には、社員の健康度向上にて900万ドルの生産性向上効果が得られたことから、社員の健康度向上は経営上の最重要課題との認識がなされています。
使用されている尺度ですが、計量心理学的に信頼性や妥当性が検証され、かつ主観要素を極力排除した労働生産性が測定できる尺度としては「Work Limitations Questionnarire(WLQ)」が知られており、その日本語版「WLQ-J」は株式会社損害保険ジャパンにより開発されています。
日本でも、この「WLQ―J」を用いた労働生産性に基づいた検討が始まっており、本多らの226名を対象とした検討が第88回日本産業衛生学会で発表され、そこでは、自覚症状項目数のみが業務生産性の低下と有意な関連性が確認されています。自覚症状が多い群では、時間管理能力や仕事の成果が低下していました。特に整形外科症状や眼症状を訴える者の業務生産性低下の割合が高いため、これらの症状を訴える者が出た場合には、軽減するような作業環境の改善推進が、生産性向上に寄与しえると期待されていました。また、喫煙者と身体活動低下との関連も示唆されていました。
また、同会では井田らによると、20~35歳の一般労働者男性では対人スキルを高める支援が、同女性では自己受容や行動変容を促す支援がストレス耐性を向上しえると発表されていました。
出典:さくらざわ博文.もう職場から“うつ”を出さない!労働調査会
参考
産業衛生学雑誌 第57巻臨時増刊号 第88回日本産業衛生学会講演集 2015年5月
さくらざわ博文.もう職場から“うつ”を出さない! 労働調査会. 2016年11月15日